2010年1月

加茂錦のお話 1

現在新潟県加茂市にある「加茂錦」という
日本酒蔵元のブランディングを担当させていただいております。

実は自分が新潟生まれ(熊本育ち)ということもあり
仕事の話をいただいた際はどこか懐かしく
他の仕事とはちょっと違った心持ちでお引き受けしました。

数年前に初めて社長さんにお会いして以来、いろいろな話をさせていただいているのですが
最初はデザインの概念を共有させていただくことから始めました。

世の中でデザインと言うと、何か飾りのような要素を付け加えたり
イラストや絵を描く職種だと思われていることがとても多いと思います。
これは経験則から導きだされた答えなのですが
デザインを依頼された時点でたいてい商品の名前も、売り方も、
ターゲットも、値段も決まっています。
デザイナーに求められていることはただ単にラベルの絵作りだけ。
デザイナーとはイラストレーターのことかと思うこともよくあります。

脚色すること自体を完全に否定はしないですが(言ってる意味が分かる時もあるので)
全ての局面で脚色したり絵を描くことで問題が解決することはほぼ無いと思います。

デザインとはデザインすることで何かの効果を生まないといけません。

簡単に言うとパッケージであれば沢山その商品が売れることがデザインの効果であるし、
ロゴマークであればその会社の目的がなるべく多くの人に認知されるのが効果であります。

それぞれの目的と効果を冷静に考えていくと
単純に何かを飾るということで目的が達成され、効果が生まれるとはとうてい思えないはずです。
時には明治チョコレートのように
何もデザインしないという選択肢が結果的には効果を生むことだってあるはずなので・・。

例えばパッケージにおけるデザインとは、まず初めに優れた商品のアイデンティティを確立し
そのアイデンティティを、そのままパッケージに反映することです。
NO IDENTITY , NO PACKAGE 。つまりアイデンティティが全て。
核となるアイデンティティがぶれていては当然デザインもぶれるので
依頼された時点でアイデンティティがぶれていたら
僭越ながらそちらも修正させてもらわなければなりません。
(余談:これはデザイナーを代表して申し上げるのですが
できればアイデンティティをつくる部分からデザイナーには参加させていただきたい。
その方が結果としてうまく行くし、良い商品ができると思います。)

そういうようなお話をさせていただいて
デザインには全部意味があり、感覚的に情緒的に仕事するのではなく
経営戦略にきちんと即したデザインをしたいとお願いしました。

いま加茂錦でとても売れているお酒に「米袋の酒」というものがあります。

簡単に言うと細長いプロポーションの米袋に酒瓶を入れたお酒です。
新潟は他の県とは違いの日本酒の本場というイメージがあります。
酒どころ、米どころ、ひいては水どころでしょうか。
優れたお米+よい仕込水+適した気候風土なので新潟のお酒は品質が高い。
そのようなイメージをデザインに生かさない手はありません。

そこで提案させていただいたのが米袋のお酒なのです。
新潟のイメージをパッケージにいかせないかと考えたときに
瓶が自然と米袋のなかに入りました。
<続く>

掲載されています!

現在発行の書籍にすいせいの仕事が掲載されております。
書店に行かれた際に手に取っていただければ幸いです。

◎ADC年鑑 2009
美術出版社/A4判/488ページ
寺岡有機農場のパッケージがADC賞にプレノミネートされ、掲載されております。


 

◎モダンジャパンスタイルデザイン
ピエブックス/A4判変型/224ページ
加茂錦「黄酒」が掲載されております。


 

◎デザイン事典 文字・フォント
株式会社モリサワ・+DESIGNING編集部/B5変型判/368ページ
REFARMが掲載されております。

美の発見

優れた画家が、美を描いたことはない。優れた詩人が美を歌ったことはない。それは描くものでなく、歌い得るものでもない。<br /><noscript><img src=
さすが青山二郎だなー。
美の本質をずはりいい当てている。

明治ミルクチョコレート

ちょっと前ですががっかりしました。

明治製菓+明治乳業の合併にともなうロゴリニューアル。

別にいままでのロゴが変わったのでがっかりしたわけではありません。
刷新されたロゴはよくできていると思います。

どこにがっかりしたのかと言うと、旧ロゴによって成立していたチョコレートのデザインに
新しいロゴをそのままはめ込んで成立させようとしたところです。

前のパッケージは旧ロゴがあってのデザインだと思います。
そのことをデザイナーは分からずに(或いはわかっていても差し替える判断をしたなら同じ意味)
デザインしてしまったようです。

デザインリニューアルは新しくデザインを作り上げるのよりも大変な仕事です。
なぜならいままでのお客さんと新しいお客さんの両方を満足させないといけないからです。
そういう意味でチョコレートのリニューアルは今までのお客さんをがっかりさせたと思います。

この場合、デザイナーが取るべき選択肢は以下のようなものがあると考えます。

1 旧チョコレートのデザインはそのまま残す。新しくデザインはしない。
2 旧チョコレートのデザインはそのまま残し、新しいロゴで新しいチョコレートのパッケージをデザインする。

僕だったら2を提案します。
長年愛されてきた商品は会社にとって財産です。
時にはデザインしないってこともデザイナーの仕事じゃないでしょうか。

日本民藝館展の収穫 !!!!

昨年度の日本民藝館展で買ったものが戻ってきました。
(民藝館展で買った物はすぐには手に入らず、期間中は展示されているため)

上 口巻モール小鉢 太田潤作
下 白掛一合壺 小鹿田焼 柳瀬朝夫作

ガラス製の器はあまり持ってないので、狙って買いました。
一合壺は小鹿田焼では珍しく飛び鉋も釉薬もなく、形が美しいので購入。

アート=デザイン考|今年の抱負

アートとデザインの違いには諸説あります。

アートは純粋に個人の表現であり、デザインは表現する前に機能するということが求められる。
デザインは個人のモチベーションが先にあるわけでなく、
困っている状況や問題を解決することが目的である。

なのでデザイナーは機能する点だけに留意すればよく、
自我というか個人のスタイルは捨て去るべきだと言われることも多いと思います。
個人の表現が目的になると機能すべき目的の妨げになるからでしょうか。

ちなみに僕は上記の説には懐疑的です。

もちろん機能すべき問題をクリアするのは前提条件になりますが
個人のスタイル云々に関してはちょっと違うかなと思っています。
と言うのも画家、デザイナーの違いはあっても、表現者個人の視点というものがあるからです。
その人の物の見方、どういう視点で世の中を見ているかはその人の世界観だと思います。

スタイルを否定するっていうのは
どうしてもその前提である世界観を否定しているような気がしてならない。
世界観なしにはその人も、作品も成立しないんじゃないでしょうか。
なのでデザイナー、アーティストの違いこそあれ
個人の世界観を通して表現するという意味では、両者の表現にそんなに違いはないと思います。

では優れている世界観とは何なのか?

僕はいい目を持っている人、見過ごしがちな風景の中から豊かで新しい価値観を見いだせる人が
いい世界観を持っているんじゃないかと思っています。(視覚に関係する職業前提です)

ものすごく特異な表現ではなく、同じ風景を見ていてもそこにわずかな違いを発見し
新しい「美=価値観」を提案できる人こそ、僕が真に目指すところであります。

と言いつつもとてもとても高い目標なので簡単なことではないですが
ま、年始なのでとりあえず抱負ということで。

二〇一〇 虎年


明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします。

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