2012年3月

ユニバーサルデザインとは幻想なのか?

耳にするようになって久しいユニバーサルデザインだが
いまだにその本質がよく分からない。

そもそもユニバーサルデザインとはなんだろうか。
調べてみるとThe Center for Universal Design, NC State Universityの
ロナルド・メイスという人が1985年頃に提唱し始めたのが最初のようだ。

定義(拙訳)
1.公平に使える_equitable use
2.利用の柔軟性_flexibility use
3.シンプルで直感的な使用感_simple and intuitive use
4.誰にでもわかりやすい情報_perceptible information
5.間違いに対する寛容さ_tolerance for error
6.身体的負担の少なさ_low physical effort
7.接近や利用の際の充分な大きさと広さ_size and space for approach and use

提唱者のロナルド・メイス氏は車椅子で生活していたので
階段をスロープにする方が万人(ユニバーサル)に向けたデザインになるという意味で
ユニバーサルデザインという言葉を使い始めた。
デザインの前提が健常者だけだった当時の時代背景を考えると
障害者がより暮らしやすい環境を確保するために
改めてデザインを定義し直す必要があったことは想像に難くない。

とてもいいことづくめの定義のように思えるけれど
なぜかこの定義から導き出される解はとても未熟なものが多い。
試しにネットで「ユニバーサルデザイン スプーン」と検索してみてほしい。
そこには見るからに未熟で奇異な形をしたスプーンが並んでいるだろう。

デザインとはいろいろな問いかけに対して最適な解を導きだすことだ。
あらゆる角度から巻き起こる質問の嵐の中で、
ぶれずに立ち続けられることがよいデザインの条件だと考えられる。
よく引き合いに出す民藝には膨大な問い対しての最適な解が蓄積されているので
優れたユーザビリティを提供することができる。

一方のユニバーサルデザインは7つの定義さえ満たせばいいと言う
思想的不完全さが未熟な結果を生んでいるのではないだろうか。
つまり定義が貧弱なので出てくる解も貧弱なのだ。

いまや数兆円ともいえるユニバーサルデザインの市場規模の中で
言葉だけが一人歩きし、ビジネスに利用されている。
そのほとんどが従来のデザインは古く、
ユニバーサルデザインは新しいという幻想の中で空虚な需要を生んでいる。
しかしその空虚さは無意味ではなく、
障害者も健常者も同じ前提で生活するようになった現在への
新しい問いと考えるべきだろう。
これまでデザインに求められていた他のあらゆる問いと同じように。

デザイナーは「ユニバーサルデザイン」ではない
「ユニバーサルなデザイン」を再定義する必要があるのかもしれない。

加茂錦ウェブサイト

長年リニューアル中になっていました
加茂錦のウェブサイトを公開しました。
http://kamonishiki.com/

ご協力いただきましたみなさまありがとうございました。

アートディレクション&デザイン:樋口賢太郎
写真:加藤晋平(一部樋口賢太郎)
プログラミング:中野健二郎

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飯田おもちゃミュージアム grün

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