2012年10月

美意識なんて…

すいせいの事務所の壁にポスター類は何もなく
世界文化史の年表が一枚だけ貼ってあります。

最上部に日本があり、同年代に他の国がどういう状態であったかが
とても完結にわかる年表です。
日本の安土桃山時代から江戸中期くらいにバロック美術が重なるな、とか
ビザンチン美術は多数の国をまたいで広範囲にわたっていた文化なんだな、とか
拡大も俯瞰も自由自在なので(顔を近づけるか離すかなので)とても気持ちよく理解できます。
こういう簡潔さはまだまだ電子書籍などにはなく、物理的な紙に軍配が上がります。

それにしてもローマ帝国とオスマントルコ帝国は広いですね。
年表の何分の一かを占める面積から、それらの国の権力や求心力がよくわかります。

写真右上の赤帯が僕が生きた時間。
自分の背後に広がる圧倒的なまでの文化の質量を想像すると
個人の美意識なんてちっぽけなもんだなーと思ってしまいます。
デザイナーの職能の半分くらいは良質の伝統文化を後世に伝えることではないでしょうか。

「良質の伝統文化さえあれば個人の美意識なんていらない」
と思うところから始めるのが、僕にとってのデザインであります。

霜柱は折れやすく

9月下旬に親戚の結婚式があり、仙台に行ってきました。
(被災地にも足を延ばしました。この話も書けそうだったら書きます)

帰りに仙台の名菓「霜ばしら」を買おうと、
仙台駅の九重本舗を覗いたのですが、10月からの販売になるとのことで買えませんでした。
数年前に一度食べたことはあるのですが、
食べれないとなるとますます食べたくなるのが人の業というもので
取り寄せてみることにしました。

このお菓子はわざわざ取り寄せたいと思うほどオリジナルの魅力を持っています。
その魅力は「食べる」というよりも「体験する」という言い回しの方が適切かもしれません。

まず蓋を開けると、真っ白な落雁の粉がぎっしりと詰まってます。
湿度、熱、衝撃に非常に弱く、それらから守るためのものです。

原料は水飴のみ。
熱で融かした水飴を何度も伸ばし、絹糸のように細くすることで独特の質感を生み出します。
舌の上でゆっくりと溶けて行き、甘さだけが残るその潔さは
和菓子文化のひとつの到達点のようです。

前にここでも書きましたが、
西洋のモダニズムと違い、自然の豊かさを享受するために
余計な要素を減らしていく感性が、日本のオリジナリティのひとつだと考えています。
中国や韓国にも同じようなお菓子があることから
大陸から伝わったものだと思いますが
「溶けていく」という自然現象をより純粋に楽しむ為に
いまのような形に進化していったのでしょう。

そしてなにより「霜ばしら」と名付けた見識に恐れ入ります。

一年の中でも限られた地域の限られた時期にしか製造できず、
輸送にも適していない非常に繊細なこのお菓子が生き残っているのは
それらのことを弱点ではなく価値として捉えたからだと思います。
情緒的でいいネーミングでもあると思いますが、
加えてなにが価値なのかわかっている
とても見識ある判断(アイデンティフィケーション)だと思いました。

※そういう意味でパッケージはまだ改良の余地がありますね。
もっと霜柱を体現するデザインがあると思う。
いや、これくらいゆるい方がいいのかな…。ブツブツ。

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