2013年8月

宮島|宮島焼

先週のつづき。宮島で買ってきた宮島焼です。

ドーナツ型の容器は厳島神社の御用窯として焼かれている酒器だそうで
ちゃんと神紋も入ってます。

穴が空いているのは日本酒をお燗する際に熱効率を上げるためとのこと。

調べてみると似たような形の酒器は各地にあるようです。
このユニークな形を誰が考えたのかわかりませんが、ローカライズされて広まっているのをみると
形が面白いだけでなく、ちゃんと機能的だったのでしょう。
高知では黄瀬戸っぽいし熊本では焼酎を燗するためか天目っぽい仕上げになってます。

文化の豊かさとは多様性で量れるのではと考える今日この頃であります。

宮島|厳島神社

先日広島に出張に行くことがあり、ついでに宮島まで足を伸ばしてきました。
広島は何度か訪れたことがあるんですが宮島は今回が初めて。

ちょうど運良く年に一回だけ催される管絃祭の日だったので
夜の厳島神社で行われる祭事も見る事ができました。

まずは鳥居の造形に感動。
潮が引いてて良かった。

桁外れの大きさとボリュームは近くで見ると圧倒されます。
柱は木を成形するのではなくそのまま用いてるので
生えてる木がそのまま鳥居になった感じがして面白いです。
樹皮をつけたままの方が耐久性が高まるからかもしれないですが
野性味あふれるダイナミズムとそれを律するバランスが絶妙だなと思いました。

歴史をひも解くと、厳島神社は推古天皇の時代に安芸の豪族だった佐伯氏が創建したことに始まり、
その後、平清盛が建設に携わって、いま見る様式になったようです。

この神社が現在でも人々をひきつけるのは、大きく二つの要素があると思われます。

ひとつはもちろん、海上に社殿をつくるという発想。
しかもこの神社の場合はただ単に海のうえに建てるのが目的ではなく、
建物の環境を変えることで見えてくるものは何か?というような問題提起を感じてしまいます。
つまり地上にある建物がそのまま海にあったら面白いよね的なシュールさを
意図しているのではないでしょうか。

子供の頃に厳島神社の映像を初めて見たとき、あまりにも海上にある建物っぽくなかったので
地球温暖化の影響か何かで海面が上昇してしまったのかと思いました。
海上の激しい波風をよける建物としては華奢過ぎると感じたのでしょう。
目に見えないところでは波の衝撃を受けないような工夫などがあるようですが
見えがかりはあえて地上にある建物のように仕上げることで、
そこに生まれる価値転換を狙っているように思います。
誰が考えたのか分かりませんが、まるで現代美術のようなしたたかなコンセプトです。

ふたつめ。
最終的に現在のような寝殿造にしたのは平清盛だと言われています。
平清盛が当時の平安様式を取り入れたことで、
もともとの発想がより輝きを増したのは間違いないと思います。
青い海には白木よりも赤く塗られた材の方が映えるでしょうし、
海の上に大きく広がった回廊と社殿はコンセプトを最大限まで生かすことができます。

高さがある巨大な建物よりも、海面すれすれの回廊を渡って社殿を行きする方が、
訪れる人の心をつかめると平清盛さんが考えたのかわかりませんが、
寝殿造にしたことでのメリットは相当大きかったと思われます。

この動画は御座船が回廊(5枚目と6枚目の写真の回廊)の前で
3回まわる管絃祭のクライマックスの様子。ちょっと暗いですが…。
16時頃に厳島神社を出発した手漕ぎの御座船が、付近の神社を周り23時くらいに戻って来ると、
長時間漕ぎ続けた男たちの熱気が伝わり観客から拍手と歓声が巻き起こります。
こういうお祭りが1000年もの間続いているんですね。

次の日は宮島焼を見に行きました。

名前からして民藝かと思いきや、窯元の人と話した感じでは生粋の民藝ではないです。
途絶えていたお砂焼という焼き物(宮島の砂を混ぜて焼いていた)を
京都で修行した人を呼んで明治時代に再興させたのが
現在の宮島焼の始まりとのことで、再興と言うよりも新興に近い印象を受けました。
もちろん優れていれば別に民藝にこだわらなくていいのでいくつか購入しました。

つづく

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動機は何なのか

戦後の教育がまったくと言っていいほど教えてこなかったもの、
それが「動機」なのではないかと最近思います。

いままではなりたい職業ばかりを子供に問うていましたが
なった後にどうしたいかという話まで及ぶことはありませんでした。

もし希望の職業に就くことができたとして、
その職業を通して何をやりたいかという方向性がないと、
あとあと目標を見失ってしまうのではないでしょうか。
デザイナーでも政治家でも漁師でも美容師でもなんでも、
職業を通して何をアウトプットできるか、
極論を言えばやりたいことさえ決まっていれば
職業はなんでもいいのではないか、と思います。

知り合いがそのことを上記の言葉で完結に表現していました。

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