明けましておめでとうございます

みなさまあけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。

年始は1月7日(月)から営業いたします。

知識と自由度についてちょっと考えてみました。

デザイナーにとって知識って大事です。

いい書体を知っているのも、パソコンのショートカットも知識ですし、
プレゼンテーションのコツも、印刷方法に詳しいってのももちろん知識です。
仕事をすればするほど、こまごましたことから大きなことまで、いろんな知識がたまって行きます。
言うなればそういう知識ってデザイナーにとって財産なわけで、
問題が発生したときには役に立ったり、クオリティの高い仕事をする手助けをしてくれます。

僕は文字が好きなので、ロゴなどをデザインするうえでも、
書体の歴史を古くさかのぼって調べたりします。
ある部分とある部分をくっつけてもいいのかとか、
小さい点だけど意外と重要で省略はできないな、
とかいう判断の拠り所として知識が必要な場合があるからです。
当然書体に関しての知識は増えていき、
いままで知らなかった文字の成り立ちなどの雑学を知るところとなります。
知らないよりも知っていることの方が望ましいという観点のもとに
ずっと知識を得ようとしてきました。

しかし、と思うわけです。
知識があることが逆に創造の妨げになるケースって結構あるんではないかと…。
それは恐らく過度な知識は原理主義的な傾向に陥りやすいからではないでしょうか。
なので最近は知識の詰め込みは自由なデザインをするうえで邪魔になるので
意識的に知ることを避ける努力が必要なのではと考えています。

例えば原理主義的な日本料理だと、出汁をとる場合でも
かつおぶしは削らないと駄目、昆布も沸騰させては駄目となります。
お寿司もカリフォルニアロールなどは認めないとなると、
アレンジという自由度や他の国に広がる余地みたいなものが生まれにくくなります。
原理に忠実な物しか許容しない排他的な日本料理です。
もちろん基本に忠実なのはいいことですが、
基本にもバリエーションや可能性があることを認めるのは大事だと思います。
全て白黒でジャッジするとインド料理原理主義者は日本のカレーはカレーとは認めないでしょう。

なにかを創造するってのは、土台となる文化の上で自分の感性と理性の両方の声に、
きちんと耳をすませる行為です。
知識を増やし過ぎることは、理性の声だけを大きくし、感性の声を聞こえにくくすると思います。
バランスを失することから全ての原理主義が始まるのではないでしょうか。

なので今年は(というか今後ずっとですが)仕事に関しての知識は追求しすぎるのではなく、
ある程度知らない部分——知識のノリシロ——を意識的に残すようにしようと思います。

しかしまあ、僕は忘れっぽいので知識を貯めようと思うくらいで、
ちょうどいいのではという意見はありますが。汗。
お正月なのでいちおう今年の抱負でした。

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