金継ぎと湿度文化 終

漆をはじめとする日本文化の多くは湿度とともにある。

雨なのか霧なのか分からない細かい水滴にびっしりと覆われた木々。
森の中に分け入れば岩は苔むし、水分を蓄えた森は大きな海のように波打つ。
深呼吸すると微粒子となった水分が鼻と口から流れ込み、内と外の両側から湿度に満たされる。
ゆっくりと移動する霞の合間からは濡れそぼる遠い山々が見える。

古くは長谷川等伯、近代では横山大観、現代だと写真家の藤井保らが表現している
霧や霞などに覆われた風景は日本人の生理的感覚に訴えかけるものがある。
日本の表現者はかすかに水分子が混ざる大気の状態から
視界が真っ白に覆われる濃霧まで湿度の違いを繊細に描き分けてきた。
写真などを評して「空気感がある」と言う際にも湿度を表現していることが多いし、
日本画という言葉から連想する多くが山々に霞や霧がかかった風景ではないだろうか。

そこから見えてくるのは湿度への執着である。

日本人には乾燥した状態をネガティブに捉え、水気を帯びることをよしとする意識がある。
例えば気候的な事象だけでなく、精神的、物質的に満ち足りることを「潤う」というのは
水分によってほとびることが何かを補うイメージと結びついているからだろう。
農業と水の関係を思えば、世界でも普遍的な感覚かもしれないが、
日本の場合はもっと深くコミットしている。

美しさを表す言葉「麗しい(うるはしい)」は「潤う(うるほう)」が形容詞形に変化したものだ。
もともとが「水に濡れてつやつやと光沢のある、冷たい感じの美」(『古語大辞典』小学館)を
原義としているためか、現在でもどこかしっとりとした響きを感じる。
「漆=うるし=潤し」も「潤う(うるほう)」の名詞形である。
漆のつやつやとした光の集め方を見ていると、言い得て妙と言うのか、
湿潤さ、潤沢さそのものが物質化したような錯覚を覚える。
(なので「うるわしい漆」という言葉はほんらい同語反復となるのだ)
古代では湿潤さと美しさに明確な境界線がなかったのかもしれない。

日本文化特有の「余白の美」も湿度によって培われたのではないだろうか。
手前から奥に行くにつれて濃度が段々と薄くなり紙白で終わる視覚表現は
霧、雲、霞などをその効果としていることが多い。
はじめは写実的な紙白だったのが、だんだんと意図的な白に変化していき、抽象的な余白に到達する。
濃霧が刹那に現れては消える環境が、
余白を「無」としてではなく「有」として捉える感覚を育てたと考えられる。

絵巻物などを区切る「雲霞形(うんかがた)」も湿度と関係している。
雲霞形とは、適切な呼び名がなかったので勝手に「雲霞形」と命名したのだが、
雲とも霞ともつかないあいまいな形状により画面を分割する方法である。
絵巻物をはじめ屏風絵や掛け軸の四隅などにたなびいているので
多くの日本人には馴染みがあるだろう。
ストーリーの画面推移や時間経過の演出を容易にしたり空間を分けることに使われて来た。
当初は記号的な意味合いが強かったが、だんだんと絵画的な色彩を帯びていき、
空間的ダイナミズムを生み出す表現にまで発展する。
形があってないようなものなので画面の中でも自由に曲線を描くことができ、
その後の日本独自の表現に大きく貢献した。

絵画に描かれるだけでなく意匠化もされた。雲霞形が転化したと思われる霞紋は、
背景を必要とせずオブジェクト単体で成立している。
あいまいさのメタファーともとれる霞が、ここまでしっかりしたフォルムへとシンボライズされるには
高度な造形力と良質な伝統文化の両方が必要だろう。
雲、雪など他の湿度の状態も見ることができる。

宗教観とも切り離せない。
日本の宗教の根幹は霧や霞などの湿度と結びついている。
神道はその好例で乾燥している状態よりも、しっとりと濡れた空気の方が「いる」という感覚になり、
柏手を打つ際により深いコミュニケーションができる気がしないだろうか。
それは神道のルーツが、深い森に由来するアニミズムと結びついているからだと思う。
水で潤うことで生命としての森は理想の状態になる。
豊かな自然に畏怖・畏敬の念を持ち、
森羅万象に八百万の神を見出した神道が一番の神秘性を獲得するのは、
生態系としての森が一番神々しくみえる時と同じだと思う。
神道においてはもはや精神的に潤うことと湿度的に潤うことに差は感じられない。

鬱蒼とした森に発生した濃い霧は生命に豊饒をもたらし、
森を切り開いた人間にも同じように恩恵を与えた。
現在ではそこから遠く離れてしまい、全身が濡れてしまうような濃い霧には覆われなくなったが、
目に見えない恩恵は途絶えることなく続いているし、
古層を探ると日本人のルーツである森の記憶がよみがえってくる。

いまだ日本人の意識の奥底にはうっすらと霧が漂っている。
 
 

図版出典(上から)
伊勢神話/宮澤正明
松林図(左隻部分)/長谷川等伯
bird song 伊豆沼/藤井保
氷図屏風/円山応挙
雑木林図屏風 /俵屋宗達
韃靼人狩猟打毬図屏風/狩野甚之丞
霞紋、富士山形、雨雲、山谷雪/『紋づくし』芸艸堂(霞紋を除く)

金継ぎと湿度文化 1
金継ぎと湿度文化 2

コメント:2

早田宰 2014/05/06 4:55 PM

とても素晴らしい図、コメントで感動いたしました。湿潤が日本の本質であると思います。

higuchi 2014/05/06 10:22 PM

コメントありがとうございます。夏場は忌み嫌われる湿度ですが、日本文化にとっては大きな意味を持つのではと思い記事を書いてみました。湿度つながりで苔についても書いてますのでよかったらこちらもご覧ください。

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