落ち込むことの無意味さについて

とくにいま落ち込んでいるわけではないですが
仕事で失敗した際や、なにか嫌なことがあった時には、
「落ち込むことってあんまり意味がないよな」と考えて
意識的に負のスパイラルに入らないようにしています。

ってなんだか自己啓発本のような書き出しですが…。

人ってサイコロのような多面体ではないでしょうか。
振ってみれば悪い目が出ることもあるし、良い目が出ることもある。

極端に偏った人もいるとは思いますが、ほとんどの人はたくさんある普通の目の中に
悪い目と良い目が少し混じってるくらいだと思います。
なので悪い目が出たら、そういう時もあるんだと納得すれば良くて、
引きずられる必要はないでしょう。

もちろん失敗を反省しないと言っているのではなく、
落ち込んでもあまり意味がないと考えているだけです。
というのも落ち込むことから得られることって何もないですよね。

それに落ち込むと活動エネルギーが低下するので生産性が確実に下がります。
食欲がないとか、眠れないとか、基本的なことがままならない状態では、
そもそも反省することも難しいかと思います。

逆もまた然りです。

なにか良いことがあって喜ぶのは自然な流れかもしれないですが
喜び過ぎるのは避けるようにしています。
なぜならその状態も生産性が悪いからです。
気持ちが舞い上がってしまうと、我を忘れ、正常な判断ができなくなります。
慢心、自惚れ、傲慢、虚栄心ってのは、だいたい舞い上がっていることが原因でしょう。
なので僕はすごくいいことがあっても偶然だと思うことにしています。

つまりいつも平常心でいられることを目指しているわけです。

こんなこと言ってると、そんな気の抜けたシャンパンのような人生で面白いのか?
と聞かれてしまいそうですが…。

もっとも僕も若い頃は浮き沈みを繰り返して、それなりに刺激的な日々をおくっていましたが、
そういうのもしんどいなあと思い、だんだんと上記のように考えるようになりました。

おそらくそう考える一番の原因は、人生をトータルすると、良いことも悪いことも同量であり、
受け手の捉えかた次第で、その量もある程度コントロールできると気付いたからかもしれません。
過剰に喜ぶと当然ながら、過剰に悲しむという振り幅の中で生きて行くことになるので
節度を持ってそれらに対応するほうが、僕はいいかなと思いました。

すごく良いことは起こらないけど、すごく悪いことも起こらない人生を選ぶか、
すごく良いことは起こるけど、すごく悪いことも起こる人生を選ぶか、
という趣味の問題ですね。

喜び過ぎない、すごくいいことも起こらない地味な人生もいいもんですよ。
なんか老後のようですが…。
 
 

コメント:2

タキ 2019/10/30 9:16 PM

無意味に感じている人はいるのか検索したらここにたどり着きました。

全くもって無意味だなーとおもいました。
いま、落ち込んでたけど、落ち込んでいる自分に酔っているのか
かわいそうにと思いたいのか。落ち込む日もあってもいいかもしれないけど
それでも、なにも生まれないと私も思います。

とても無意味だということを
多分、違う視点かもしれませんが、
同じく考えている人がいて
ちょっとスッとしました。

higuchi 2019/10/31 3:24 PM

溜飲が下がったようでなによりです。
その後、この内容をひとことで表した言葉に出会いました。

「絶望とは愚者の結論である」

イギリスの政治家の名言らしいのですが
どんなに絶望するような状態でも光は射しているという意味合いでしょうか。
いい言葉だと思い、記憶にとどめています。

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