2015年4月

無相創という表現

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無相創をはじめて訪れたのはいつだっただろうか。

正確には覚えていないが、おそらく数年前あたりに、事務所近くの梅ヶ丘通りを歩いていると、
リノベーションを終えたばかりの建物が目に飛び込んで来た。
もとは一般的な民家であったことが想像できるその建物は、古さをうまく生かしたとでもいうのか、
日本家屋の素材感や佇まいを残しつつ新しく生まれ変わっていた。

正面の大きな鉄の扉を開けると、いままで知っていたインテリアデザインの概念を
変えるような世界が広がっていた。
朽ちた木材、鉄脚のテーブル、ユニークな照明、アンティークのドアやキャビネット、
植物、古道具などが調和しつつも、個々の魅力を失わず全体的な世界を形成している。
世界の広がり方がとてもヒューマンスケール的で、素材への親密さと空間のつくられ方が
肌感覚として気持ちよく、初めての経験ながらお腹の中にストンと落ちた。

そこが無相創だった。

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無相創とは内装業も手掛けるアンティークショップで、
骨董好きだと白洲正子を思い出すかもしれないが直接的な繋がりはない。
もともとは古道具の販売だけだったが、当時西荻窪にあった店舗を見たお客さんに、
内装業を頼まれたことから現在に至っている。

ここにも書いたが骨董に触れていると、人間がかつて持っていた感覚を追体験することができる。
古い物を扱う人々は多かれ少なかれ過去に生きているので、そういう失われた感覚領域を、
同時代に生きる人よりもよく知っていると思う。
獲得した感覚領域を古道具の販売だけでなく、インテリアデザインまで押し広げて表現しているのが、
つまり無相創の魅力ではないだろうか。

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インテリアデザインへのアプローチの仕方もユニークである。

現在のインテリアデザインや建築の最先端は、言葉を掲げてイメージをつくって行くのが主流だ。
言語的なコンセプトが重要視され、
そのコンセプトに沿って素材や建築方法が選ばれ、きっちり図面通りにことが運んで行く。
判断基準の軸が理屈の方にグッとに寄っているので
言語化できないものはあたかも存在しないもののように扱われることが多いし、
色んな局面で意味性や論理性を問われている。
そういった傾向は理屈抜きで良いと感じる空間の可能性を狭めていると思う。
あるいは、しっかりとした図面をもとに計画通りに進めて行くやり方は
破綻はないかもしれないが、人間が本能的に持っている肌感覚から乖離することが多い。
想像より壁の色合いが強過ぎても、
床材がイメージと違っても、現在の流れではやり直しは難しい。

しかし歴史的には、つくりながら考え、判断していく施工方法の方が一般的だった。
中国で出会った伝統的な建物などは、図面だけで仕上げるのはとうてい難しいだろう。
建物全体に彫り込まれた豊かな模様は、施工途中のリアリティやアクシデントを取り込み、
トータルで心地良い空間になるように調整されていた。

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無相創でも図面はきっちりと引かれるが、伝統的な施工方法に近いので、
欠けていたピースがぴたりとハマるような感覚というのか、
コンセプトや合理性偏重の傾向からは表現しきれない魅力や可能性を感じる。

無相創の内装とは現在のインテリアデザインのさまざまな矛盾や盲点をついて浮かび上がる
ひとつのアンチテーゼなのかもしれない。

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