2015年8月

センスとはなにか? 前編

おしゃれとかわいいという言葉をなるべく使わないようにすると前に書いたことがあった。
それ以来、その二つの言葉を発する際には、他の言葉を見つけるようにしている。
かわいいという言葉はそんなに使うことないが
おしゃれは意外と使うので、どうパラフレーズすればいいかときどき考えている。

いま一番しっくりくるのは「センスがいい」という表現である。

おしゃれという言葉につきまとう浮ついた感が、「センスがいい」という言葉にはないと思う。
より具体的だし、本質からずれているようにも感じない。
自分が言われても抵抗はなく、素直に受け止められるので、代わる言葉として浮かび上がってきた。

しかしその言葉を使うようになり、
センスとはなにか? センスがいいとは一体どういう意味なのか? と悩むようになった。
新たな問題が出てきたのだ。(いや、自分で話をややこしくしてるだけですね…)

そこでセンスについて考えを巡らせてみたい。

一般的にセンスがいいという場合は、表現されたものについて評することが多いだろう。
洋服やインテリアのコーディネートだったり、スポーツする際の身体の動きだったり、
料理の盛り付けだったりと、なんらかの表現された具体例についての話をしている。

従って、センスをよくするためには、表現力を磨くという話になりがちだ。
ファッションセンスを向上させるのであれば、
同系色でまとめましょうとか、異素材を組み合せましょうとか、
トータルでコーディネートしましょうとかと言った
アウトプット側を鍛えることが効果があると思われている。

デザイン業界でも、そういった方法論を教える学校が多い。
もちろん表現力はとても大事だが、
センスがいい状態を目指す際に、果たしてそれが一番効果的な方法なのだろうか。
或いは本質的な解決になっているのだろうか。

以前紹介した『自分をいかして生きる』のシリーズに『自分の仕事をつくる』という本がある。
(タイトルは自己啓発本っぽいですが、どちらもとてもいい本です。
人生に迷ったり、やりたいことがわからない人にはおススメです)

その中に観察力と表現の関係性についての黒澤明のインタビューが載っていた。

「たとえばセザンヌでも誰でも長いことかかって絵を描いてるでしょ?
下手な絵描きっていうのはすぐ絵ってできちゃうんだよ。
あんなに描いてはいられない。
ということはねえ、あの人たちが見ているものを僕たちは見ていないわけ、
あの人たちが見えているものは違うんですよ。
だからあんだけ一生懸命描いているんですよね。
自分に本当に見ているものを本当に出そうと思って」
『自分の仕事をつくる』西村佳哲 晶文社

黒澤明が言いたいのはアウトプットよりもインプットのほうが重要だということだろう。
いいものをどれだけ見れているかが、どれだけいい表現ができるかに直結する。
このことは「ペンのデッサン力」でも書いた
「デッサン力とは描く力ではなく、見る力」とも同じ話だと思う。

なのでもしファッションセンスを鍛えようと思ったら、
他人の優れたコーディネートを観察することから始めるのが一番効果的だし、
もし観察することから何も得る物がないとすると、なかなかその道での上達は厳しいかもしれない。

どの分野でもインプット以上のアウトプットはおそらくないのだと思う。

加えて最近は、アウトプットする際には「一般常識」がとても大事だと思うようになった。
特にデザイナーの場合は自分の中にきちんとした常識がないと
センスは充分に発揮されないのではないと考えている。

つづく

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