2015年12月

年末年始のお知らせとエンブレム問題について

本年も残すところあとわずかになりました。

今年もさまざまなことがありましたが
デザイン関係者としてはとりわけオリンピックのエンブレム問題について
いろいろと考えさせられました。

剽窃云々については真実がわからないのでコメントを控えますが
今回の問題の背景には「時代=パラダイム」が大きく変わりつつあることが
理由としてあるように感じます。

よく引き合いに出された、1964年の東京オリンピックのエンブレムは
組織委員が選定したわずか6人の指名コンペから選ばれました。
当時は全体主義的な風潮が強い時代だったため、
ごく少数人のコンペという形式でも疑問を持つ人は多くなかったと思います。
トップが決めたからこれはいいデザインだ、と受け入れた部分もあったでしょう。
もしあのデザインが優れていなくても同じように受け入れたという気もします。

いっぽう現代は多様性の時代です。
美空ひばりのような国民的歌手が生まれにくいことからもわかるように
トップやカリスマが全体を率いて行くことを人々は求めていません。
国が豊かになり、個人の嗜好が細分化していくと、ひとつの価値観で民意を束ねることが
だんだんと難しくなります。

そういった時代に戦後と同じ様なプロセスで進めたことが
反発を生んだ一番の原因だったのではないでしょうか。

ではどのような手段がいいか?と問われると答えに窮してしまいますが
まず少なくとも選定のプロセスがもっと透明化され、
権力や利権が絡んでいないことが明確に保証される必要があると思います。
そして最終的な判断はインターネットなどで投票できるようにするべきではないでしょうか。

「デザインの決定において民主主義はあり得ない」と
グラフィックデザイナーの佐藤卓は著書(※)の中で述べています。
選挙のように多数決でデザインを決めると、中途半端なものになりやすく、
結果的に機能しなくなるという意味だと思います。
対して、社長ひとりの判断で決定するほうが、デザインの鮮度が保てるため
その力を充分に発揮できるというわけです。

企業とデザインの関係としてはこの進め方でいいと思います。
なぜなら市場でデザインを選ぶことができるからです。
人々には、民主的なつくられかたをしたものと、そうでないものを選ぶ権利がある。

しかしオリンピックのエンブレムを同じように選ぶことはできません。
エンブレムが、コンビニのおでんの横に売られていて、
好きなデザインを選ぶという形式ならいいのかもしれませんが
現状はトップダウン的に決定されるので、どうしても不満が出てきます。

さらに民主化して行く現代の傾向の中で、公共のデザインに関しては
「与えられる」のではなく「選ぶ」というプロセスがもっと大事になってくるのではないでしょうか。

より良いデザインを選ぶために、どのような民主的なプロセスを経るのか、
今回の苦い経験から得る物があるとすると、そのようなことではないかと考えております。
 

最後になりましたが年末年始の営業のお知らせです。

◎年末年始休業期間
2015年12月31日(木)~ 2015年1月6日(水)

 
すいせい
代表
樋口賢太郎 

みなさまもよいお年をお迎えください。

※佐藤卓著『クジラは潮を吹いていた』より

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