民藝についてのアーカイブ

民藝の構造主義|モロッコ・スペイン編


緑釉染分平皿(アンティーク)|タムグルート焼|モロッコ 
 

緑釉平鉢|タムグルート焼|モロッコ 
 


黄釉小鉢|タムグルート焼|モロッコ 


パン籠|フェズ|モロッコ 
 

モロッコのイタヤ馬+イタヤ駱駝|トドラ渓谷|モロッコ
  

スパニッシュタイル(アンティーク)|グラナダ|スペイン


乳白釉深皿|グラナダ焼|スペイン
 

今回の旅行で買ってきた民藝をいくつかご紹介。
名前は便宜上、勝手に命名。

写真のタムグルート焼とは、緑釉がメインのモロッコ南部の砂漠で焼かれる素朴な陶器で、
ほとんどは緑釉だが写真の様な黄釉もあり、なかなか滋味深い。
今回このタムグルート焼に出会えたのは一番の収穫だった。
現在でこれほどのレベルのものを探そうと思うと、かなり時代をさかのぼらないといけないだろう。

器好きが概して古い物に行くのは、古い物が好きなわけでなく、古い物の方がいいからだ。
ここで記したように人間の感覚は過去の方が鋭敏だったので
日常で使っていた品々もそれに合わせて優れていたと考えている。
むかしの方が鋭敏だったのは、現在では人間が本来持っている感覚を
様々なテクノロジーに委ねてしまっているからだと思う。
初めての場所に行く際に、スマートフォンとグーグルマップによって迷わなくなったが、
このまま使い続ければ地理的感覚は当然退化して行くのだろう。
便利さと引き換えに、その他さまざまな感覚を外部に依存している状況を考えると、
南宋の青磁や朝鮮の井戸茶碗の水準を現在の陶工がどうやっても超えられないのは
つくり方がわからないだけではないと思っている。

タイルなどは別としてこれらの民藝の品々を眺めていると不思議と侘び寂びというか、
和的なものを感じないだろうか。
自分好みで選んでいるので偏りはあるかもしれないが、
出自を隠せばアフリカやヨーロッパの物とはあまり思わないだろう。

「緑釉染分平皿」は、柳宗理がディレクションした中井窯のものによく似ている。
染分(そめわけ)という半分だけ釉薬にひたす技法が用いられ、
高台やリムが中井窯のものよりも大きく、緑釉も青っぽいが、
この窯のバリエーションと言う気もしないでもない。
クスクスなどを盛りつけるとその黄色が映えて美しいと思う。

緑釉平鉢は織部焼を、黄釉小鉢は黄瀬戸焼をそれぞれ想起させる。
緑釉の色味がちょっと強いが、敷紙を乗せて、
天ぷらでも盛りつけるといいバランスかもしれない。
黄釉小鉢は、黄瀬戸さながら芹のお浸しなどを合わせたくなる。

イタヤ馬はトドラ渓谷をまわっていた際に購入した。
渓谷近くの村の少年が小遣い稼ぎなのか自らつくって売っていたもので、
似たような細工が日本では秋田の角館にもある。
モロッコの地域性を反映した「イタヤ駱駝」の造形は愛らしい。

グラナダ焼はホテルの中庭のテーブルの上に置かれていたものを頂いた。
いい器だったので、同じものを買いたいとホテルのオーナーに申し出たところ、
気前よくプレゼントしてくれたのだ。
これも、厚めにかけられた白い釉薬や柚肌の出かたなどが志野焼によく似ている。

これらのシンクロニシティが何を意味するかという問いには
レヴィ=ストロースの構造主義が答えてくれるだろう。
文化人類学者のレヴィ=ストロースは、異なった地域、時代、文化間でも
人間の行いには共通する普遍の構造があると提唱した。
離れた地域の神話が似ているのもこの構造が関係していることが多い。

有名なところではオーストラリアの原住民の「婚姻のルール」と
当時ヨーロッパで最先端だった代数学の「クラインの四元群」に同じ構造を見出した。
関係性がないように見える文化にも共通する構造があり、
原始的な社会と現代社会は同じようなルールや考え方で動いていると
レヴィ=ストロースは考えたのだ。
この思想はそれまでの西洋中心主義だった流れを大きく変えることになる。

自我を逃れて無意識に物づくりを行う民藝には、
日本とアフリカに通じる何かなどというスケールを遥かに超えた、普遍的な共通項があるのだろう。
異なる地域の言語でも似た構造を持つように、土を捏ねて、ろくろを回し、釉薬をかけて、
焼き上げる結果が、似てきても不思議ではないと思う。
イタヤ馬をはじめ、身近にある藁や植物などを用いる工芸は世界中にあり、
それらに類型を見出すことは前述のように難しくない。
動物や植物などの自然が人間に働きかけて生まれるストーリーのひとつが神話だとしたら、
同じように素材としての土や植物が働きかけて生まれるストーリーが民藝なのではないだろうか。
素材の良さを最大限に引き出す行為は、素材と真摯に向きあい、
発する声に耳を傾けることから始まる。
関係性の優劣はないので、こちらが一度でも尊大な振る舞いをすると、
相手の声を聞くことができなくなる。
きちんと対話をしていく姿勢に、もはや国籍などはないのだと思う。

正統な構造主義では共通する部分をさらに抽象化して、他の分野との関連性を見出すが、
とりあえず今回のフィールドワークでは異国間でのよく似た民藝の発見にとどめておき、
今後はもっと考えを深めて行きたい。

宮島|宮島焼

先週のつづき。宮島で買ってきた宮島焼です。

ドーナツ型の容器は厳島神社の御用窯として焼かれている酒器だそうで
ちゃんと神紋も入ってます。

穴が空いているのは日本酒をお燗する際に熱効率を上げるためとのこと。

調べてみると似たような形の酒器は各地にあるようです。
このユニークな形を誰が考えたのかわかりませんが、ローカライズされて広まっているのをみると
形が面白いだけでなく、ちゃんと機能的だったのでしょう。
高知では黄瀬戸っぽいし熊本では焼酎を燗するためか天目っぽい仕上げになってます。

文化の豊かさとは多様性で量れるのではと考える今日この頃であります。

小鹿田焼の里

先週末、実家(熊本)に帰省し、大分の日田に行く機会がありましたので、
近くの小鹿田焼の里の小鹿田まで足を延ばしました。

毎年お正月には帰省しているのですが夏の九州に帰るのは実に10年ぶりくらいです。
住んでいた当時は思わなかったのですが、
改めて夏を過ごしてみるとここはやはり南国なんだなあと思いました。

まず空の色が違う。とても色鮮やかで雲の輪郭線がはっきりとしています。
関東の空はどっちかというと緑っぽい青なんですが、九州は赤味が強い青=コバルトブルーです。
モジャモジャと繁る木々も見るからに生命力に溢れていて、とても濃い緑色をしています。

そういえば高校時代には九州の環境の色鮮やかさに触発されて、
印象派っぽい油絵や水彩画などをよく描いていたことを思い出しました。
モネとかマチスとかボナールとかそのあたりのイメージです。
あのころはデザイナーではなくて画家になろうと思ってたんだよなあ。
画家になれてたらどういう人生だったんだろうか。民藝に興味があったんだろうか。笑

これまで民藝好きを公言しておきながら、実は小鹿田を訪れるのは今回が初めてです。
小鹿田は日田市から車で20分ほどの山あいにある小さな村で、
車で離合(あ、これ九州の方言だな。すれ違うことです)するのが大変なほど
細くて急な坂道に10の窯元が点在しています。
その道沿いに渓流が流れ、渓流の水は
陶芸の土を細かく砕くための水車の動力や作陶に使われています。

小鹿田焼は小石原焼をルーツとして江戸中期に始まります。
それ以来途絶えることなく300年続き、
工業制の器が隆盛の現在でも魅力が失われることはありません。なぜなんでしょうか。

その理由をすこし考えてみました。

1 器の作陶システム
ひとつに小鹿田焼の優れた作陶システムがあります。
代表的な飛び鉋や刷毛目などは自己表現を目的としない、
偶然的な自然の摂理を利用する技法です。
作陶の過程で自我というやっかないなシロモノが入り込む隙がないシステムが
うまく機能していると思います。
例えば伊万里焼(小鹿田焼のルーツとする小石原焼のさらなるルーツ)は
模様を旨とするため自己表現と結びつきやすく、自我との距離の取り方が難しくなります。
好みはあるかもしれませんが、現在では良質の伊万里焼を見つけられないのも
模様をベースとするシステムの限界と言えるかもしれません。
やはり自然をうまく取り入れるシステムの方が普遍性が高いのだと思います。
飛び鉋の技法は伊万里焼にもあったようなのですが
現在ではすたれて小鹿田焼と小石原焼に残すのみです。
余談ですが飛び鉋の技法を再び伊万里焼に取り入れるのも悪くないのでは思いました。

2 値段
いくら優れた器でも手が出ない値段だったら普及しません。
伊万里焼などは絵付けに時間がかかり相対的に値段が高くなってしまいますが
小鹿田焼の技法は皿一枚にかけるコストが安く抑えられます。
「民藝品は安価でなくてはいけない。
安く買えることで広く世の中に普及し、全体的に器文化を向上させることができる」
と言う柳宗悦の民藝理論がここでしっかりと実証されてます。

3 地理的な閉鎖性
行くと分かるのですが、ホントに山奥です。
いまでこそ車で行けますが、柳宗悦が小鹿田焼の里を訪れた昭和6年には
行き着くまでけっこう大変だったと思います。
閉鎖的な環境の中で一子相伝に近い形で、数百年も技術が伝承されてきたことが
小鹿田焼にプラスに働いたようです。

民藝にはまりだした頃、小鹿田焼の白い器を購入し料理を盛りつけてみて
それまで使っていた味気ない工業製品の器との差に愕然としました。
同じ料理でも器が変わるだけで、ここまで魅力的に変わるのかと思い、
合理性という名の下にどれだけ多くの大事なものを捨てて来たのか想像しました。
そういう大事なものって精神的にまいっている時ほど助けられるんですよね。
プラスチックの器でなく、
人が手でつくった器で食べるご飯って結構なセラピーになったりしますので。
そういうものを捨ててしまったことでバランスを失い、人類の精神的な疾患の原因を
生み出していることもあると思います。

とか言い訳しながら、大量の器を購入してしまい、重い思いをして東京に戻ったのでした。
いや、しかし九州の夏は夏っぽくていいんだけど、暑いですね。とてもとても暑かったです。
 
 
追記:小鹿田焼って10の窯元しかないことを初めて知りました。
現在では日本全国で小鹿田焼を目にすることができますし、
ある種、民藝の器の代表的イメージなので、もっと大規模に展開しているのかと思いましたが、
実際には家内制手工業というのか、本来の意味での民藝的な作陶なんだなあと思いました。

深澤直人と民藝館

日本民藝館の館長に深澤直人氏

この大胆な人事に期待します。
民藝博物館になっている状況を変えてくれるだろうか。

個人的にはWITHOUT THOUGHT展を民藝館でやっても
全然違和感ないと思います。
今後が楽しみだ。

民藝の季節

 

 

今年も民藝館展が開催されます。
いいものを買おうと思っている方は早朝から並んだ方がいいですよー。

現代における民藝の存在理由って
もしかしたら無駄を含んでいる部分にあるのかもしれません。
民藝と現代の製品をぴったりと合わせてみると
民藝の方が無駄を含んでいるぶんはみ出ることが多いと思います。
大きくはみ出ることもあれば小さくはみ出ることもある。
しかし無駄があるから現代の製品より劣るということではなく
むしろその無駄によって逆に機能性が高まっている気がしています。

って抽象的過ぎてなんのことか伝わらないですよね。
でも実際に目で見て、手で触れて、使ってみると分かると思います。
実用品で日用品ってところが民藝のいいところなので。

日本民藝館展
新作工芸公募展
2011年12月10日(土)~23日(金・祝)

中国的民藝

むろん民藝好きとしては
中国に行っても自然と民藝に目がいってしまいます。
どの国にも等しく民藝は存在していて
その視座によってはいろいろと見つかると思いますが
中国はやはり歴史がある国なので
同じく民藝にも歴史があるように感じます。
素材感もいいですね。
まだプラスチックなどに置き換わってないように思えます。

民藝の季節

 

 

明日から毎年恒例の「日本民藝館展」が開催されますよー。

本当に良いものを買おうとすると朝早くから並ばないといけないのですが
見るだけでも充分楽しめます。

展示している物の中には
「こんな道具、いま使わないよ」とかあるんですがいいんです。そんなこと。。

展示品に触れることで普段使わない感覚をひらく経験だと思ってもらえれば。
それは桂離宮を見る事と同じで、
連綿と受け継がれる手仕事が新しい感覚のフェイズを増やしてくれることを期待するだけなのです。
すぐれた映画や小説や料理と同じように。

みなさん、驚きに行きましょう。

日本民藝館展
12月11日(土)〜23日(木・祝)
日本民藝館

究極の「ふつう」とは? 3

第3回民藝の未来

誕生から条件まで民藝ついて語ってきました。
現在では前述のように民藝という言葉が一人歩きし、
作務衣を着たひげ面のおじいさんが書く筆文字だったり、
やたらと無骨で座りにくい椅子だったりと、
手作り感が前面に出過ぎてる表現を指し示すようになっている気がします。
もしくはお土産物のあるパターンを指すのでしょうか。
いずれにしても民藝とはスタイルではなく、抽象的でコンセプチャルな概念だと思います。

民藝の思想で一番素晴らしいと思うのは大いなる日常から
新しい価値観を導き出そうとしていた点です。
どんな優れた哲学や思想も日常から離れてしまうとその有意性を失います。
民藝の存在は日常に踏みとどまり、
そこで格闘し得られるものの価値を示しているような気がします。

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一般論というものが馬鹿に出来ないのも同じ理由ではないでしょうか。
多くの人が生活の中で考え、総体的に浮かび上がってくる意識や意見は
現実的で地に足がついているものです。
無意識で感じていることが顕在化して表出したものには
ある種の普遍性が含まれていると言っても大仰ではないでしょう。
また一般論は数が多くなればなるほど、時を経れば減るほど強度を増し、
その針はより正しさの方向を指すようになります。
もしかしたらそのような意識が数百年も口頭で伝わり神話や寓話になったのかもしれません。
優れた民藝を見ていると、神話を読んでるのと同じように人間のポジティブな姿勢や可能性を感じ、
崇高な気持ちになることがあるのはその為でしょうか。

また日常の中にある美の素晴らしさはその佇まいにあると思います。
優れたデザインというものは生活の中でことさらには主張しません。
目で見えないものが優れたデザインと言っても過言ではないと思います。
その存在すら気付かずに、しかし必要不可欠で日常を水のように満たしてくれるものこそ、
最上のデザインではないでしょうか。
(広告は逆に目立つ必要がありますが、広告が純粋にデザインなのかはまた別の話です)
民藝の場合は改めて指摘されないと気付かないレベルまで昇華されていますので、
その美しさとても儚(はかな)いものです。しかしその儚さ故に価値は偉大なのです。

柳宗悦が民藝を考え出してから85年あまりが経とうとしています。
当初は機械生産を否定して、ややもすると近代化批判に陥ろうとしていた思想は
近代化が終わった現代社会をもう一度豊かにする為に見直されてもいいと思います。

なんと言っても素晴らしいのは
美しさを感じる為にとても高いお金を出す必要はなく、
日常を抜け出す為にどこか海外に行く必要もなく、
ただ単に自分の周りを見渡すことから始めるだけでいいというところでしょうか。

簡単過ぎるがためにみんなが気付かないというのは国家的損失じゃないかと思うくらい
(言い過ぎかな)、とても可能性がある哲学だと思います。

<一応完結>

究極の「ふつう」とは? 1
究極の「ふつう」とは? 2

究極の「ふつう」とは? 2

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民藝の条件
柳宗悦が生み出した民藝の条件とはなんでしょうか?

1)世代を超えて受け継がれるもの。
2)デザイナーが関わっていないもの。
3)大量に生産されるもの。
順不同ですがざっと挙げると上記の様になります。

1)の条件は言うまでもないでしょう。
何百年もの間、人から人へ受け継がれることで最良の形に自然とおさまることができます。
民藝の一番のポイントです。

2)が意味するのは近代化以前はデザイナーは存在していなかったということです。
様々な物が分業化・細分化されるようになって初めて
グラフィクデザイナーやファッションデザイナーや建築家という職業が誕生しました。

またデザイナーがデザインしない方がいいものが出来ることがあります。
なぜならばデザイナーであることで陥ってしまう危険性があるからです。
その危険性とは物事の判断がデザイナーの美意識に依存しすぎるところです。
デザインする上で重要な機能、歴史的背景などではなく
美意識を優先することでかえって美から遠く機能的ではない物が生まれます。
デザイナーは個人の嗜好ではなくもっと客観的な事実を優先すべきだと思います。
その点デザイナーでない場合は美意識を働かせるという意識がそもそも希薄なので
本質をずばりついたものができあがります。

僕自身もデザイナーを続ければ続けるほど美意識からは遠ざかったところで
デザインをしたいと思うようになりました。

3)大量生産されるメリット。
一般的に美術品と呼ばれるものは最も価値が高いと思われています。
時の為政者がお金と権力にモノを言わせてつくらせた作品の多くは
いまだに美術館や博物館に並んでいます。
現代ではブランド物なども同じような位置にあるのでしょうか。
しかし世の中で言われているような美術品やブランド物に圧倒的な価値があるかは疑問です。
なぜならワンアンドオンリーをつくるには手間もひまもお金もかかるので、
通常の生活者(もちろんマジョリティ)が入手することは困難だからです。
どんなに使い易く、美しいものでも少量では意味がありません。
多くの人が手にすることはできなければ世の中が良くなる方向には向かいません。

そういう意味で現代社会ではユニクロや無印良品はとても価値があると思ってます。
民藝とは一見無縁のようですが
大量で安い良品質のモノを供給することは民藝的な価値観と合致します。

また手工芸に関して言えば大量に手でつくることは別の意味を持つようになります。
素早い動作を何度も繰り返すことで個人の美意識から逃れられると柳は考えていました。
無我の境地というのか、無意識の意識というのか
自我を超越する方法論として大量生産は機能すると考えました。

以上がざっくりとですが柳が提唱した民藝です。とてもすぐれた非の打ち所がない論理だと思います。
なにしろ普通の日常(言葉変かな?)に美を見いだすという発想がラディカルです。
現代でもそのまま有効そうな素晴らしい哲学ですが
今後の未来に役立てようと考えると少しアップデートを行わないといけないでしょう。

「機械生産も可」と「デザイナーによるデザインも可」。
上記2項目を加えると生きた哲学になると思います。
柳は機械による大量生産を嫌っていました。
元々の立ち上がりが機械生産の批判から始まっているだけに
容認できないのは心情的によくわかります。
しかし現代社会において機械生産は必要不可欠です。
安価な機械大量生産に可能性を見いだすことが重要だと思います。

それと現代社会ではデザイナーによるデザインも避けられません。
個人の美意識だけでない、客観的な判断力を持ったデザイナーならば
優れたデザインを生み出せると思います。

<つづく>

究極の「ふつう」とは? 1
究極の「ふつう」とは? 3

究極の「ふつう」とは? 1

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「究極のふつう」とは一体何なのか?
ふつうなのに究極って矛盾しているじゃないか?なぜ?と思われる方もいらっしゃるかと思います。
今回は民藝について話を進めていくことでそのことを浮かび上がらせたいと考えています。
 

民藝の誕生

ここのエントリーでも書きましたが民藝というのは
一般的にとても誤解されているんじゃないでしょうか。
残念な事にいまとなっては言葉の響き方も当時とはだいぶ変わってしまって
お土産物みたいなイメージしかないと思います。
そもそも民藝という言葉は1925年、柳宗悦を中心とし、陶芸家 河井寬次郎、
濱田庄司らによって提唱された造語であります。
よく耳にするし、さも昔からありそうですが、実は割と最近できた言葉なのです。

この言葉がつくられた背景には押し寄せる近代化の大きい波がありました。
当時、政治・経済・産業・インフラなどを始めいろいろなものが刷新されていき
それまで使っていた日用品も大量生産の対象となりました。
もちろん工業化される事で多くの人々の手に渡り便利になったものも沢山あります。
しかし味気ないものに変わってしまったものも少なくありませんでした。
そのような失われゆく日用品を憂い、守ろうとしたのが柳達だったのです。

例えば竹製のざるなどを単純にプラスチックに置き換えても
それまでのクオリティを維持することはできません。
なぜならそれまで使っていた日用品は何世代にも渡って人の手を介し改良されてきた
とても完成度が高いデザインだったからです。
日常から離れることなく少しずつ改良され、
しかも世代を経ることでより洗練され使いやすく変化してきました。
それはまるで数百年かかってわずかに成長する鍾乳洞のつららのようなもので
一介のデザイナーの才能やひらめきではなかなか到達できない世界であります。
当時の人は失うことになってはじめて、それまでありふれていた日用品の素晴らしさに
気付かされたのです。

このようなデザインを一般的にはアノニマスデザイン(anonymous design)と呼んでいます。
アノニマスというのは「作者不詳の」という意味で
デザイナーがデザインしたものではないが、
デザイナーには超えることが難しい普遍的なデザインのことです。
いまとなっては民藝の真の意味を伝えようと思うと
アノニマスデザインという言葉の方がうまく伝わるかもしれません。

柳宗悦が守ろうとしたものはまさにこのアノニマスデザインでした。
連綿と受け継がれてきたバトンを次の世代に渡すべく奔走し、
「民衆的工藝」を略して民藝という言葉を考え出しました。
当時の日本にはそのようなデザインを指す言葉はなかったので
宗悦が新しく「民藝」という言葉を作る必要があったのです。
概念すらなかった時代に民藝という言葉を作り出し、
そこに価値を見出したのは大いなる発明だと考えています。

日常の中に溶け込み、目の前から消えてしまうとどんな形であったのか思い出すこともできない
「ふつう」の日用品。しかしこの「ふつう」は究極のふつうなのです。

写真:左|龍門司焼き(鹿児島) 右|芭蕉ほうき(沖縄)

<つづく>

究極の「ふつう」とは? 2
究極の「ふつう」とは? 3

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