すいせいブログ

Q グラフィックデザインとは?

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◎問題解決であること
困っている状況や伝えなければならないことの最適解。

◎平面であること
三次元的情報や混沌とした要素を捨象し、平面に置き換えることが本質。
歴史的には紙媒体との結びつきが強いが、
本質は2Dであることで、グラフィックデザイン=紙ではない。

◎絵的な面白さがあること
具体的には構図、形、色などの面白さがあるか。
ひとつではなく、3つの要素が組み合わさっていると望ましい。
世間ではこの部分だけがグラフィックデザインだと思われていることが多い。
 

以上、いまの時点で考えるグラフィックデザインの定義でした。

 

SONY NEX-5×Leica Summaron 35mm F3.5

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ふだんカメラは5DにSIGMAのレンズを装着して撮っているのですが、いかんせん重い。
ボディ込みで、50mmだと1450g、24-105mmだと1820g。

いい写真は撮れるけど、散歩などに持っていく手軽さがないので
遊び用に軽いカメラがないかなと前から検討しておりました。

で、軽めと言えばやはりライカです。レンジファインダーの最高峰。
新しいレンズが出ても、昔のレンズの価値が下がらないのは
ブランドとしての信頼性が高いからでしょう。
どんな写真が撮れるのかずっと気になってました。

とは言いつつも、現在発売中のレンズとボディなんて高すぎて手が出ない。
まあ値段をクリアして買ったとしても、
前提としてカメラはある程度は雑に扱うものだと思っているので、
いまの値段帯だとカメラに意識が行き過ぎて、うまく写真が撮れなくなる気がします。
それにあの値段帯だったらせめてAFは付けてくれよ!と思います。
ツァイスなんかもそうなんですが、AF機能が付いてないレンズを数十万で売るのは、
メーカーの怠慢じゃないでしょうか。

そんなわけでライカには無縁だったのですが
ありがたいことに数年前くらいよりミラーレスにマウントアダプターをつければ
そんなに高くないライカのオールドレンズを楽しめるようになりました。

だいぶ前置きが長くなってしまいましたが上の写真が全容です。

左からSONY NEX-5、ヘリコイド付きマウントアダプター(Voigtlander)、LM変換リング、Summaron 35mm F3.5。

レンズがこんな感じ。

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装着時。

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まあまあの見た目。
重量はたった625g!24-105のレンズ1本より軽いです。

以下作例です。

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全部撮って出し。

まだ使って一週間なのですが、なかなか面白いという印象です。
まず収差がないのがいいですね。とくに色収差でのストレスを感じません。
70年前のレンズなのに拡大しても解像はきっちとしてます。その辺はさすがです。
絞り値によってはSIGMAよりもクリアでした。

撮っていて面白いのは開放でオーバー気味の状態。
最後の写真だとわかりやすいと思うのですが
明るめ部分の飛び方がマイルドというかいやな感じにならないんです。

ストレスとしてはやはりAFじゃないところと
3.5よりもっと下の数値が欲しくなるってとこでしょうか。

この辺はまだ一週間なので印象は変わってくるかもしれませんが。

特筆すべきこととしてはマウントアダプターの接写ができるヘリコイド機能。

ノーマルなライカレンズって70cmくらいしか対象に近づけないのですが
このヘリコイド部分を回すことで30cmまで接写できるようになります。
で予想外に便利だったのが、このヘリコイドだけでピントが全部まかなえるってことです。
レンズを無限大に固定しておけば、あとはヘリコイドだけで無限大から30cmの接写までいけます。
このレンズは構造上、F値とピントリングがくっついてるので
ピントを固定したまま、F値を変えるってことができないですが
この方法だとそれが可能になるんですね。

もし購入を検討されてる方がいらっしゃったら参考にしてみてください。

取り急ぎ一週間の感想でした。

その大きな穴を埋めるために

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国立新美術館で開催されている草間彌生展「わが永遠の魂」に行ってきました。

初期の頃のコラージュから立体、インスタレーション、最新作まで変遷を追って展示してあり、
草間彌生のことがよくわかる充実した内容です。

いやー、あやうく落涙しそうになるくらい良かった。

生きることと描くことが不可分に結びついた草間彌生の姿勢から、
なにを追い求めて活動してきたのか、またなぜ追い求めなければならなかったのか
理解を深めることができました。

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人が絵を描くのって、なにかしら満足していないからですよね。
日常が満ち足りていれば、わざわざ絵なんて描かなくていいわけですから。
(だって誰にも頼まれてないし、なくて困るものでもないし)
根本的に自分の欠落を埋めるために、人は絵を描いたり、
音楽を制作したり、小説を執筆したりしてるわけです。
言い方を変えると、絵を描く人は、絵を描かなければならない分、
不幸であるということです。
才能があるってことは端からは幸福に見えますが、実は本人は大変なんですよね。

草間彌生の場合は幼少期から幻覚や幻聴に悩まされており、
その対処療法として絵を描いてきた経緯があります。
欠落部分が他の人よりも大きかったため、より切実に穴と向き合い、
埋める作業をしなければならなかったのでしょう。
その切実さは作品の飛び抜けた質と量からひしひしと伝わってきます。

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おそらく展示を訪れた人の多くはこう思うのではないでしょうか。

これだけ制作しても埋まらない穴ってどれほど大きく深いのだろうと。
もし自分が同じような欠落を持っていたらどうしただろうと。
そして、人間には、こんなに大きな穴を前にしても逃げることなく、
勇敢に立ち向かい、88歳の現在まで制作を続けることができるんだと。

長きにわたって精力的に活動することで見えてくる穴の存在と
それを埋めようとする旺盛な制作エネルギーには
生きることの意味や尊さを再定義するくらいの可能性を感じました。

生きることを価値転換できるって凄いですよね。

草間彌生 わが永遠の魂
2017年2月22日(水)- 5月22日(月)
国立新美術館

最近の仕事

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ずいぶんと久しぶりになりますが仕事例を更新しました。
 
 

今年の抱負

もう若いと言えない年齢に昨年あたりから突入していて、
弱ったなあと感じているのですが(ええと、真剣に弱っているわけではないです)、
それでも年を重ねることは悪いことばかりではないとも思います。

今年の抱負は、年齢とデザイナーについての話です。
こういう話題は必然的に一般論に寄るものですが
このエントリーもご多分にもれず、そっちの方向に引っ張られています。
 
 

◎跳ね返すラケットの深度

感覚の鋭さはデザイナーにとって財産のようなものだから、
年とともに感覚が鈍化すると、
デザイナーの能力も比例して衰えていくのではと、
一般的には考えられているかもしれない。
確かに、ビンビンに尖ったナイフの先端ような感覚を持つ若いうちが、
表現活動をしている職業としては華という意見も受け入れなければならないだろう。
ここでも書いたように、ある種の感覚が、
年齢とともに鈍化していくことは避けられないからだ。

しかし反応速度の遅さが感覚の鈍化と同列に論じられているとしたら、
それは間違いだと思う。
年をとり、反応速度が遅くなったとしても、
そのことが感覚の鈍化に必ずしも直結しているわけではないからだ。
むしろその遅さにこそ、年を重ねたことの機微のようなものが現れてくるのではないだろうか。

ではなぜ年が上がるにつれて反応速度が遅くなるかというと
経験の蓄積がそうさせるからである。

ある程度の期間、仕事をしていると、過去の失敗例や苦労したこと、
或いは成功例などがケーススタディとしてインプットされてくる。
そうすると、いっけん単純そうな案件でも背後に不安材料や不確定要素が
透けて見えるようになるので、瞬間的には答えを出しにくくなる。
簡単に言えば「いろいろと考えてしまう」ということだ。

名刺などを黒一色で刷る場合でも、
紙質によっては色の濃度が出ない場合があるので
細かく指定しないといけないと熟練のデザイナーなら考えるだろう。
経験があると黒を刷るだけでも慎重になってしまい、
インクのメーカーや種類まで指定してしまう。

逆に若いと、失敗や成功の経験が少ないので、すばやく反応できる。

20代はまだラケットが硬く、ボールが表面に触れている時間が短い分、
力強い直球をすぐに返すことが可能だ。
年齢を重ねるとラケットの表面が、ボールを包み込みこむような
厚いクッション性を帯びてきて、保持時間が長くなる。
跳ね返すまでの時間は長くなるが、
ボールは若いころよりも安定した軌跡を描きやわらかく飛んでいく。
比喩的に表現するとそんな感じだろうか。

どちらも一長一短なので、保持時間が長いと良く、短いと悪いというわけではなく、
そのときにしかできない表現はそのときにしておけ、ということだ。

これからはやはり安定したボールを返せるようにならないといけないと思います。
経験というふかふかのクッションをラケットに敷き詰めて、
どんな難しい球でもきちんと返せるようになる。
反応速度が遅くなる代わりにそんな方向を目指したいです。

ま、そうは言っても、クッションがぶ厚過ぎて、
ボールがラケットからなかなか離れなくなるのはNGですね。
保守的ではなく、進歩的にならなくては。

以上今年の抱負でした。
 
 

酉年

酉

本年もよろしくお願いいたします。

すいせい
代表
樋口賢太郎

年末年始の営業のお知らせ

年末年始にかけて以下の期間休みをいただきます。
ご不便をおかけしますが、何卒よろしくお願いいたします。

◎年末年始休業期間
2016年12月31日(土)~ 2017年1月6日(金)

すいせい
代表
樋口賢太郎

掲載されています

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香港の出版社から発売されている『BranD』という雑誌に
いくつかの作品とインタビューが掲載されています。

デザイナーのスケッチに関する特集号で、
インタビューでは仕事に対するスタンスなど
けっこう深いところまで話が及びました。

送られてきたものを見たときには
顔写真が大きく躊躇しましたが…。

東京の大きな書店などには並んでいることもあるみたいなので
手にとっていただけますと幸いです。

グラスサウンドスピーカー

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あくまでも個人的にですが、めっきりとセックスアピールを感じなくなったため
ソニー製を買うことがなくなってしまった昨今ですが、
今年初めに出たグラスサウンドスピーカーはなかなかいいプロダクトだなと感じていました。
Life Space UXと銘をうったシリーズのスピーカーで
照明とBluetoothスピーカーが融合していているのが特徴的です。
ガラス部分から音が出ます。

ちょうどBluetoothスピーカーが欲しいと思っていたタイミングだったので
検討した結果購入してみました。

閑話休題
だいぶ調べてみましたが、いまのところ10万円以内で買える
Bluetoothスピーカーってロクなものがないですね。
性能、価格、デザインのバランスが悪く、各メーカーとも適当にやっちゃってる気がします。
ハイレゾが今後どうなるのかわからない移行期だからでしょうか。

でグラスサウンドスピーカーですが
これはずばりスピーカーと照明を一体にしたコンセプトがいいですね。
最初はその組み合わせに違和感があるのではと思いましたが、
実際に使ってみるとそんなこともなく、「照明×スピーカー」の掛け算の面白さを感じました。

ちょうど無印良品のCDプレーヤーに似た面白さがあると思います。
ぶら下がっている紐を引っ張ると音が出てくる有名なアレです。

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このCDプレーヤーは、デザイン業界では「アフォーダンス」という
難しい言葉の象徴としてよく使われるのですが、要するに換気扇のような形をしていると、
紐を引っ張ってスイッチをいれる行為が誘発されるということです。
人々は既に換気扇を使ったことがあり知っているので
教えられなくても身体が紐を引っ張ることを自然と促すのです。
そして風のメタファーとして音が出ます。
風の代わりに音が出るのがこのスピーカーのキモですね。

実際に光を発するので、グラスサウンドスピーカーの音はメタファーではないですが
光と音が重なっている感覚といいますか、まるで音を可視化してるように感じます。
顔の光があたってる部分には、音が当たってるんだなとか、
暗闇の中心にスピーカーをおくと、光の輪の広がりと同じように
音が広がっているように思えるのは、一種のアフォーダンスの効果でしょうか。

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下部の突起がウーファー

肝心の音質についてはまあまあですかね。
ウーファーがあるので低音はある程度出ますが、
全体的な音の厚みというか迫力みたいなものがあんまりない気がします。
なので音にはあまり期待せず、ポータブルな照明×スピーカーと思って
付き合うくらいがちょうどいいかもしれません。

食卓の真ん中やベッドサイドに置いたり、それこそアウトドアに持って行ったりと、
楽しみを自分なりに発見することがこのプロダクトの一番の魅力でしょうか。

ブランドとはなにか?2

前回はこちら
ブランドとはなにか?1

品質を超えるイメージがある
認知度がある
スタイリッシュなイメージがある
安心感がある
歴史がある
機能性がある
ビジョンがある
将来性がある

上記は、いいブランドとはなにか?という質問に対しての学生の答えの一部である。

まあ想定の範囲内であるが傾向としてイメージ戦略的な答えが多かった。
消費者にいいイメージを刷り込ませたり、
もっと言えばブランドを超えるくらいのいいイメージを
認知させている企業がいいブランドというわけである。

この感覚は世間ともそんなに離れていないような気がする。

ブランディングという局面では、とかくイメージが大事になってくるので、
スタイリッシュな広告やデザインなどをどの企業も求めるようになり、
実態とはかけ離れたいいイメージを認知させることが
あたかもブランディングの本質のように捉えられている向きがあるように思える。
もちろんスタイリッシュさを全て否定するわけではないが
それはあくまでケースバイケースで導き出された答えであって
全てに敷衍することはできない。
スタイリッシュであることは表現方法のひとつにすぎないからだ。

僕は常々「ブランド」と「人」は似ていると感じている。
ブランドは人の集合が作り出すものであって、表向きは多種多様だが、
奥には人がいて成り立っている。

つまり「人と人との関係性」でなにが大事かを考えると
「ブランドと人との関係性」も見えて来るのではないだろうか。

人と人との関係性で一番大事なのは、言うまでもなく「信頼」である。

信頼がなければそもそもの関係性を築くことができず、物事は前には進まない。
家族や友人との近しい関係性も、ビジネスでの広い関係性も、
領域と規模さえ違うが、全て信頼をベースとしている。
もろくはかないものなので嘘をついたり、約束を破ったりするとすぐに壊れてしまう。

ブランドも同じで、消費者との信頼関係がなければ前には進まない。
誇大広告で実態よりも良く見せようとすると、
一時的には収益は上がるかもしれないが、結局はブランドを毀損することになる。
実態を超えたスタイリッシュなイメージも長い目で見ればプラスには働かないことが多いだろう。

前回「人はなぜブランド品を買うのか?」という質問をしたのは
ブランドの本質を問いたかったからだ。
人は商品が優れているという理由だけで買っているのではなく、
消費行動の奥底では「信頼」という意識が働いている。
iPhoneが世界中で10億台も売れたのも、優れたデザインに加えて、
期待以上のものをいつも提供していたからだ。
もっと正確に言えば、期待以上のものを提供できるという信頼関係を
消費者と結んでいたからである。
ブランド展開としては、高まった期待に応えていけるのは最も理想的であるが、リスクがともなう。
そのことは、appleの業績が現在低迷しつつあることからもご理解いただけるであろう。

質問の答えをまとめると「消費者と信頼関係を結ぶことができるブランド」が
いいブランドということになる。
もちろん前回書いたようにブランド自体にオリジナリティがあることは前提である。
オリジナリティがなければただの商売になってしまうし、
ただの商売は今後、この猖獗を極めている資本主義社会の中では生き残っていけないだろう。
オリジナリティがなくても生き残っていけるのは最大手だけである。

信頼関係を築く際に大事なのはブランドのスケールにあったコミュニケーションを選ぶということだ。
上げた期待値を回収できなければ信頼関係を壊す。
とても当たり前のことであるが、周りを見渡してみると、よりよく見せようとすることで
うまく行っていない例があまりにも多いと思われる。

今後ますます加速化していくグローバル経済、高度化していく資本主義の中で、
中小規模で展開しているところほど、このブランドという概念が有効なのではないだろうか。
規模に関係なく、考え抜いたアイディアを武器に大手とも戦って行けるからである。

その際には根本的なところを疑う視点が大事になってくる。
なぜその製品をつくらなければいけないのか?、なぜそのサービスを行わないといけないのか?
あるいは存在自体が世の中にとって必要なのか?
根本的なことを疑うことは苦痛がともなうが、問題点が見えてくることは悪いことではない。
見えてくればあとは徐々に改善していけばいいからだ。
そういった視点を持てない、問題点が見えない場合の方が危機的状況だと思われる。
 
<終>

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