デザイナー樋口賢太郎が
綴る日々のことです
金継ぎと湿度文化 2

漆を用いて割れた陶片をつなぐ「金継ぎ」とは室町時代に始まったとされる伝統的な技法のことである。
漆を接着剤として用い、表面に金粉を蒔くことが多いので 「金継ぎ」と呼ばれているのだが、
主成分は金粉よりも漆などの含有率の方が高い。
金粉以外にも器の色や形に合わせて銀粉や真鍮粉を蒔いたり、あるいは全く蒔かずに漆で仕上げることもある。


まずは麦漆といって小麦粉と水と生漆を混ぜたもので割れた破片を接着させる。

乾燥後、目地を呂色漆で覆っていく。
水に強い呂色漆で表面をコーティングすることで耐水性を高めるとともに、 漆特有の滑らかな質感を与えることができる。
呂色漆が乾燥したら紙ヤスリなどで研ぐ。 塗りと研ぎの行程を何度か繰り返すことで漆は厚く滑らかになり、
やればやるほどその精度は上がっていく。
納得行く状態になったら、いよいよクライマックスの金を蒔く行程である。
呂色漆の上に接着させるためのベンガラ漆を塗り金粉を蒔く。

乾燥後、金粉をきちんと定着させるために薄めた漆を塗り、 再び乾燥させて磨き、ようやく完成である。
丁寧にやろうとすると全行程を終えるのにだいたい一ヶ月以上も要する、時代に逆行するようなとてもスローな技法である。

しかし時間と手間をかけて補修していると、なにか満ち足りない部分を埋めてくれるセラピー的な手応えを感じる。
おそらくこういう心持ちになるのは僕だけではないと思う。
日用品の多くが使い捨てですまされる昨今、 破損した一枚の皿をわざわざ補修することはめったにないだろう。
現代社会で賢い消費者といえば、新しいものを右から左に買い替える人のことを指すからだ。
基本的にメーカーは売るという方向性は考えるが、 メンテナンス及び修理という逆方向はあまり考えないので、
10年前に買った家電をなおそうと思っても、壊れた部品がメーカーに残ってることは少ない。
対象期間を過ぎた修理には多大なコストとエネルギーがかかり(買った価格より高い場合もある)
消費者は割り切れない気持ちで新しい商品を選ぶことになる。
修理すれば使えるものを破棄する罪悪感や居心地の悪さは、 新品の家電を買うことで紛らわせるしかない。
金継ぎはそのような行為のアンチテーゼとして浮かび上がる癒しなのではないかと思う。
もうひとつ感じるのは湿度との密接な関係性である。 漆は空気中に水分がないと乾燥しない不思議な素材で、
湿度が多いムシムシした日本の気候は漆を乾燥させるのに適している。
乾燥させる場合、室(ムロ)と呼ばれる温湿度を一定に保つ密閉容器に入れるが、梅雨時なら室なしで乾燥可能である。
漆とはご存知のようにウルシの木の幹を傷つけると滲み出る樹液のことで
触れるとかぶれるので危害を加える動物や人間などから身を守ることができる。
人間の血液と同じように幹の傷の修復作用もあるが、乾燥した地域では凝固しないので必然的に湿度がある地域を求めて植生する。
漆をはじめとする日本文化の多くは湿度とともにある。
<続く>
※この記事は2012年に投稿した記事の再掲載です。
過去のデータベースにアクセスできなくなったので一部加筆修正して掲載しています。
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