すいせい

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デザイナー樋口賢太郎が
綴る日々のことです

家籠りの日々の中、むかし読んだ小説や映画などをみなおしていると、
若いときにはピンと来なかったモノゴトがわかるようになっていて面白いです。

 

再度観た映画で感銘を受けたのは「青いパパイヤの香り」。

 

観るのはおそらく10代の頃以来で、そのときはアジア系ののんびりした映画という印象くらいにしか感じなかったのが、
いまになってみるとよくこんな映画が撮れたものだなと、何度も膝を打ちながら楽しむことができました。

 

映画の舞台は1951年のベトナム。ある少女が資産家のもとに奉公に出てから大人になるまでが描かれています。
シンプルなストーリーなので難解なところはありませんが
主人公であるムイの心の内はあまり描かれず、何を感じているかは受けて側に委ねられるので
ある程度想像し、推し量かれる人の方が、この映画を楽しめるかもしれません。

 

ストーリーがシンプルなのはおそらくそっちが主ではないから。
監督がこの映画で描きたかったのは「暮らし」のほうだと思います。
もっと言えば「かつてベトナムに存在した暮らし」でしょうか。
当時電気は通っていますが、ガスや水道はなく、調理するにも火は炭火で、水も大きな甕に汲み置いたものを使っています。
そういった日々の生活が見事なまでに美しい。

 


ムイの奉公先である資産家の家屋は広い敷地のなかにゆったりと建てられていて、
パパイヤの木などが植えられた庭には鳥が飛び交い、虫の声が一年中響きます。
東南アジア特有の風通しがよい建物は、外と内が緩やかに繋がり、
室内にいても存分に自然の豊かさを楽しむことができます。

 


高く天井まで伸びる柱や扉に施された細工の美しさ、用いる石や木など素材のバランスの良さ。
重層的なつくりの空間は夜、明かりが灯ると、さらに奥行が増し、昼間よりも魅了されます。
最初のシーンが夜に始まるのは、おそらく監督も夜のほうが魅力的だと考えていたからだと思います。

 

手仕事による生活道具の数々にも目を奪われます。
当時は皿や茶器類、机や椅子などの素材は、まだプラスチックには置き換わってないようです。

 

大量生産される品々の粗悪さに声を上げたのは、イギリスのウィリアム・モリスやジョン・ラスキンらでしたが
1950年代のベトナムではマスプロダクションの波は押し寄せておらず
良質な手仕事の品々だけで構成された世界を見ることができます。
アンティークなどを揃えて撮影したのでしょう。

 


撮影時の監督は若干30歳くらいですが、よくその若さでここまでの世界を構築できたものだと感心します。
空間に対する鋭敏な感覚、器や調度品などを選ぶ目の確かさ、そして豊かさとは何であるのか答えを持ち合わせている聡明さ。

 

監督が考える豊かさとは、1950年代のこの家を映画の舞台にしたことだと思います。

 

近代化を経ると、手仕事は大量生産品に取って代わられ、建物もインフラを組み込んだものになってしまいます。
当時蚊帳を釣って寝ていましたが、暑いからといってあの空間にエアコンをつけるわけにはいかない。
エアコンは機密性が高いことで効果を発揮するので、風通しがいい家屋は全てをつくり変えなければ設置できません。
台所なども同じで、壊して以前と同じレベルの設えにするには、伝統家屋が要してきた年月、つまりは数百年はかかるでしょう。
そういった意味でこの時代を選んだ監督は慧眼の持ち主です。

 


舞台を資産家という設定にしたのも暮らしのスケールの幅が描けるからだと思います。
庶民の文化だけを扱うとなると、質素な器を扱うことはできても高価な器は難しいから。
また資産家であってもいわゆる成金ではなく、主人は芸術・文化にも精通し、とても趣味がいい。
しかし芸術を愛するあまり、本業の商売はそっちのけで、奥さん任せ。
ときどき有り金をポケットに入れて蒸発する設定もリアリティがあって面白かったです。
「売り家と唐様で書く三代目」の人ですね。

 

質ではなく利便性が世の中を牽引するようになって久しく、
人々はなかば強制的にテクノロジーと生活を交える時代になりました。
質と利便性の両方を兼ね備えた製品をつくりだすアップルのようなメーカーは珍しく、
暴力的ともいえる変化を受け入れていく状況はこれからも続いていくでしょう。

 

もちろんだからといって1950年代のような暮らしには後戻りできないと、
簡単に開き直ってしまってもいいものなのか、考えさせられる映画でした。

 

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身体性の書 3

2020.07.31

おそらく誰にでも、手放すことができずにいつもそばに置いておきたい本があるだろう。

 

読み込むうちに血肉化していわば自分の身体の一部になったとでも言うのか。
「身体性の書」ではそんな本たちについて語ってみたい。

 

第1回はこちら

第2回はこちら

第3回目 蓜島庸二『町まちの文字』『祈りの文字』

 

この本をどこで手に入れたのか覚えていないが、独立して間もないころだったのは記憶している。

 

いわゆるモダニズムのデザインの教育を叩き込まれていた背景が自分にはあったが、
だんだんと民藝などの伝統的、地域的な文化にも心惹かれるようになり、
どっぷりと日本的な豊饒の海に浸りたいという気持ちを持つようになっていたころだと思う。

 

西洋的なデザインという意味ではグリッドシステムを理解していたので
アルファベットはコントロールできたが、日本語のフォントに関しては筆文字文化への知識の欠如があり
和文をきちんと扱えるかどうか不安があったのだ。

 

その背景にはデザインの環境がデジタルに移行してしまったことがある。
自分までがぎりぎり写植を触ったことがある世代で、現在ではデザインの作業は完全にモニターの中で行う。
明朝体などの活字文化を始祖とする流れはデジタルとの相性が良いが、
筆で書かれる文字をデジタルで表現しようとすると必ず齟齬が出て来てしまう。

 

例えばかすれや滲みをどう解釈すればいいのかという問題。
偶然に発生するアクシデンタルな現象により、
筆で書く際には同じ文字でもまったく同一に再現することは不可能である。
100回書いたら、100通りのかすれ、滲み、ハネが発生してしまう。

 

西洋のカリグラフィにもその傾向はあるが、より自由度が高い筆は変数が桁違いで、
デジタルに取り込むことはなかなか難しい。
カスレなどをスキャンして、偶然性を忠実に再現するフォントもあるが、
そこで表現されているのは書体設計というよりはリアリズムの転写であろう。
リアリズムはリアルにかなうわけはなく、結局は書家が書いたものにまで遡ってしまう。

 

 

筆文字のトメ、ハネ、鱗などの特徴を捉えて静的に表現するフォントや
寄席文字などの偶然性に依拠しない書体などはデジタル化できているが
筆文字の面白さの大事な要素である偶然性はいまだ含めることはできていない。

 

少し脱線したがとにかく現代に生きるデザイナーとして筆文字をどのように捉えればいいのか
その答えの一片を探して、この本を買い求めた。

 

『町まちの文字』は市井に生きる人々が自由に書いた文字、
『祈りの文字』は神社仏閣に関わる文字で構成されている。

 

どちらとも同時代的(昭和中期)に撮影したものに加えて、
著者がコレクションする紙物や古道具なども掲載されており、少し前の日本の姿を知ることができる。

 

宗教などの縛りなく、自由闊達に表現されているぶん、前者のほうが見ていて楽しい。
当時は張り紙や広告などにも、筆で書かれた字がたくさん使われており、街中で文字が踊っている。

 

蕎麦屋を始めるなら、書道も習わないといけないと言ったのはデザイナーの浅葉克己であるが
確かに墨痕鮮やかな筆文字が店内に用いられていると、それだけで蕎麦を美味しく感じるだろう。
どんなに良質なフォントをバランスよく組んだとしても店主の直筆には敵わない。

 

『祈りの文字』に登場する文字は宗教的儀式に関するものなので、
よりデザインと文字の関係を考えさせられる。
手で書くことで宗教性や呪術性を担保しているのならば、この分野が最もデジタルに移行しにくいのかもしれない。

 

この本を手にするとデザイン外のデザインの可能性を意識するようになる。
例えば文字でなにかを表現する際に、パソコンにインストールされているフォントから選ぶ行為が
いかに狭い選択肢であるかわかると思う。

 

文化と文字は必ずセットである。
隷書なら隷書の、寄席文字なら寄席文字の、活字なら活字の文化的バックグラウンドがある。
この本は街中にかろうじて漂っていた筆文字文化の残り香を写し取っているのかもしれない。

 

『町まちの文字』

『祈りの文字』

著者 蓜島庸二

発行 芳賀書店

発行日 1975年6月25日

朗報です。この投稿を書いてちょうどすぐ後に版元が変わり再販されることがわかりました

 

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自粛中に太ってしまったという話がときどき会話のトピックに上がってくる。
重病化してしまった例に比べるととても瑣末な問題だが、まあ実際コロナの弊害になるのだろう。

 

現代の飽食の時代に食べ過ぎずにいることはなかなか難しく、ダイエットに関してのノウハウ本は、書店に山と積まれている。
こんなにもたくさんのダイエット法が出てくるのは、まだ決定的な解決法がないことの証左である。
ひとつのダイエット法を試すが、痩せられない。あるいは一時的に痩せることができるが、元の体重に戻ってしまう。
失敗が多いので、新しいダイエットが次から次へと考案されていき、いまやダイエットビジネスの市場規模は2兆円とも言われている。

 

ダイエットの失敗ということに関して言えば、もちろんダイエット法に原因がある場合も多いが、
ほとんどはダイエットをする側に原因があるのではないかと思っている。
そしてそのことはブランドのあり方とも近いと思うので考えるところを述べてみたい。

 

ブランドが存在していくには当然ながら目標が必要である。
どこを目指すのか定めて、目標になるべく近づくように進めていき、到達したら、また新しい目標を目指す。
目標を定めることによって存在理由も決まるので、目標がなかったり、そのことを見失ったブランドは危険だと思う。
よって経営責任者は働く人のモチベーションが存分に高まるような魅力的なビジョンを示さなければならない。
CEOにとって一番大事な仕事はビジョンを示すことなのだ。

 

このことはダイエットとも同じで、ダイエットが成功するためには
どれだけ魅力的な目標を掲げられるかがポイントだと考えている。

 

自分が自分の経営者だとするとどういった目標を掲げればいいのだろうか。

 

ダイエットで一番多いのが短期的な目標ではないだろうか。
例えば夏までに痩せて水着を着たいとか、授業参観にこのスカートを履いていきたいといった目標は即効性はあるかもしれない。
しかし目標が達せられたら、それまでのモチベーションを維持するが難しくなり、その多くは元に戻ってしまう。
そして短期型の場合は食生活をドラスティックに変更するので、
フラストレーションが溜まってリバウンドすることが多く、魅力的な目標とはとても言えない。

 

次に多いのは審美的な目標だろう。
痩せているほうが見栄えがいいと判断し、キリがいい数字を目指して、体重を減らしていく。
これはまあまあ長続きすることが多い。
自分が理想とする体重を決めておいて、日々摂生すればリバウンドも起こりにくい。
ただ審美的な目標は、年をとるにつれて効果は弱まっていく傾向にあるし、
過剰なダイエットに走り、精神的にも身体的にも健康面を損なってしまう場合もあるだろう。
拒食症や過食症に陥ってしまっては元も子もない。
つまり審美という目標も、一見目標が定まっているように見えるが、実は抽象的で曖昧だと思われる。
魅力的になりたいならば、もしかしたら髪型やファッションを変えるほうが早いし、合理的かもしれないからだ。

 

また基本的に運動によるダイエットはオススメしない。
計算をしてみればすぐにわかるが有酸素運動を1時間してみても消費されるカロリーはごくわずかである。
筋肉をつけることで基礎代謝を上げる方法もあるが同じことだと思う。
毎日運動を続ける困難さもあるし、もし続かなくなったらリバウンドと同じ現象が起こってしまう。
総合的な意味での健康面のメリットは大きいし、カロリー消費しないこともないので運動自体を否定はしないが、
まずは摂取カロリーを減らすことから始めるのがダイエットの本筋だと考えている。

 

ではどのようなビジョンを示すが一番いいのだろうか。

 

そもそもダイエットすることの一番の失敗は痩せることのみが目的化しているからではないだろうか。
ダイエットなので、痩せるのは当たり前だろうと突っ込まれそうだが、
痩せることだけを目指すと、過剰に痩せたり逆にリバウンドで太ったりして、健康を損なうことが多いと考える。

 

人間のすべての活動は健康の上になりたっているので、
いくら審美性を得られたとしても、長期的に健康に暮らせないならないならば、ダイエットをする意味はないと思う。
つまりダイエットをする際のもっとも理想的で魅力的な目標は「健康になる」ではなかろうか。
世間ではよく「健康的に痩せる」というが意味は大きく違う。痩せる目的はあくまで健康になるためだからである。
痩せてどうしたいのか?という次の問いを自分は投げかけたいのだ。

 

健康という指標を掲げると、医学的なアプローチから理想の体重が決まる。
その体重を目指して、日々バランス良い食生活を心がけながら、摂取量を調整していく。
ゆっくりと数年くらいかければリバウンドも起こりにくいと思う。
考え方としてはダイエットというよりは、健康的なライフスタイルへの移行であろうか。

 

それでも審美的な意味で痩せたいのなら、医学的に健康である範囲内でよりカロリーの少ないライフスタイルを志向する。
(ちょうどいい体重で自分の審美に納得できないのは、痩せているほうが美しいというメディアの刷り込みだと思ったほうがいい。
それらの多くがダイエットビジネスに誘導するためである。)

 

以上がいまのところ考える最も理想的なダイエット法で、実際に自分はこのやり方を実践していて、
良好な健康状態を維持しているし、体重も学生のころと比べて5kgくらいしか増えていない

 

ブランドも収益を上げたあとのことを考えるべきである。
ドラッカーの有名な言葉を引用させてもらえれば、収益は目的ではなくあくまで手段なのだから。

 

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まったく未知のウィルスが猛威をふるっている。
現実的な被害も甚大だが、おそらくコロナが一番やっかいなのは先行きが見通せない不透明さにあるだろう。
感染率が高くても、1年後には必ずワクチンができますとなれば、経済の見通しが立てられる。
死亡率が高くても、暖かくなりウィルスが不活性化するとわかっていれば、まだ人々の不安が拭える。
いまの世の中は、どれだけ正確に予測が立てられるかという、いわば確実性を元にまわっているので、
反対の性質を持つコロナは資本主義社会の経済がまわることを阻害する頭が痛い存在だと言えるだろう。

 

未知のものが社会をどのように変えていくのか想像するのは難しいが、ひとつだけわかってきたことがある。
それはインターネットがますます重要になるということである。
すでにさまざまなモノゴトがスマホを初めとするインターネットに吸い取られているが、コロナはこの傾向を急激に加速させている。

 

こう書いていると批判しているように思われるかもしれないが
まずはこのような状況にインターネットがあってつくづくよかったと考えている。

 

急速に拡がるコロナの情報を、時差なく世界中で共有し、可視化できることが、
有効な手立てになっているのは言うまでもない。
家に閉じこもっていても、SNSなどでやりとりできるし、映画や音楽を楽しめることが
どれだけ気持ちを楽にしてくれるか。ない状況を想像するだけでぞっとしてしまう。
中世ならいざ知らず、現代人でさえ疑心暗鬼になり、副次的に人を攻撃する事態が起こっているが、
インターネットがあるからか、魔女裁判までの悲劇にはつながっていない。

 

テレワークやオンライン授業などが始まり、今後それらがシステム含めて変わっていくのは間違いないだろう。

 

ただ現在のインターネットの使い方は、コロナ対策としては妥当だと思うが、
今後も通勤や対面の授業が必要ないものとして扱われるのは行き過ぎたことだと思う。

 

会社に毎日行くことの不合理さは前々から論議に上がっていたので、
このタイミングで在宅勤務になり、その恩恵を受けている人も多いかもしれない。
慣例として行われる必要ないモノゴトはとても多いから(例えばハンコを押すために会社に行くなど)、
そのあたりは刷新されて然るべきだと思う。

 

しかし全面的に通勤をなくし、会議や授業も全てオンラインで行えばいいという考えには組できない。
なぜなら現在の状況では、本当の意味で無駄なものと、一見無駄そうだが実は大事なものとの線引きができていないと考えているからだ。
仕事の合間にたわいもない話をはさむことで、本来の業務が円滑に進むこともあるし、
新しいビジネスのアイディアに繋がることもありうる。

 

長時間の電車通勤でさえ、オンオフの切り替えと事務仕事に充てて、
有意義な空間と時間を手にしている人もいるだろう。

 

例えば、会って話せる距離であれば、オンライン会議などせず、
対面で打ち合わせするほうが、短い時間でもクオリティが高くなると前々から感じていた。
2時間のオンライン会議より、30分の対面である。
それがなぜかは様々な理由があると思うが、
私たちが考えるよりもオンラインでやり取りできる情報量が少ないからだろう。
これも無駄の本質が腑分けできていないからだと考える。

 

学校教育に関しても何をか言わんやである。
N高などをはじめ、オンラインの新しい教育のあり方を模索することは有意義だが、
やはり対面や学生同士の横の会話が自由にできる学校教育に軍配があがるのは間違いないだろう。

 

なぜなら大学をはじめとする学校教育が提供できる最大のメリットは大いなる無駄遣いにあると考えるからだ。
それは時間の無駄遣いであり、エネルギーの無駄遣いであり、お金の無駄遣いでもある。

 

すぐに役に立たないということで、昨今大学の文系の予算が削られつつあるが、これも根源は同じ問題をはらんでいる。
いまは役に立たないが、10年後に、もしかしたら100年後に重要な意味を持つかもしれない学問を護する懐の広さが、
アカデミズムや大学が本来持っていた知性であり価値のはずであった。
現在の予算削減はヴァンダリズムに他ならず、無駄の本質を見極めないと、大事なことを見誤ってしまうのではと危惧している。
そしてその代償は50年後、100年後に払わないといけなくなる。

 

現在多くのモノゴトがインターネットを介することで、便利になったように感じている。
しかしいまだにインターネットは花の匂いも、手の温もりも、珈琲の苦さも伝えることはできていない。

 

コロナによって奪われる大事なものはたくさんあるが、自らそれらを捨て去らないように注意したいと思う。
まずは世間では無駄だとされているが、個人的に大事にしていることを守ることからだろうか。

 

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いまさらながらと突っ込まれそうだが、ここ数年印象派の画家セザンヌにだいぶ魅せられている。

 

もともと印象派は、油絵を描いていた高校時代にのめり込んでいた時期があり、
そのころはモネやボナールが描く世界になるべく近づこうとしていた。
色の鮮やかさを追い求める印象派は高校生にもわかりやすかったのだろう、
それまで写実的に描くことを追求していた価値観ががらりと変わり、
どういう色と色を隣り合わせると鮮やかに発色するか、当時そんなことばかりを考えていた。

 

その後の自分の興味は、絵画史と同じ道を辿り、抽象画、現代美術、コンセプチャルアートなどを経て、
最終的にはデザインに行き着きつくことになり、絵画を制作することへの熱意はなくなってしまうが、
とにかく高校のときはモネを筆頭とする印象派に心を奪われていたのだ。

 

ただそんな印象派にどっぷりと浸かっていたときでさえ、セザンヌの存在はどう受け止めていいのかわからなかった。
全体的に輪郭がボヤッとしていて筆致も定まらないし、
安定しているはずのテーブルに置かれた果物はいまにも床に落下しそうである。
中間色が画面の多くを占めているので、印象派の命とも言うべき色彩の鮮やかさにも欠けている。
まったくひどい言いようだが、デッサンが狂っている鈍い色合いの絵だとしか当時は認識していなかった。
もしかして実物を見たことがないからかとも思い、
上野に来ていたバーンズ・コレクションで初めて対面したが、その印象は変わることはなかった。

 

それから月日が流れて2012年に国立新美術館で『リンゴとオレンジのある静物』という有名な作品を見る機会があった。
上記のように自分にとってセザンヌは評価が高いほうではなかったので、他の作品を見にいったついでだった。
しかしなにも期待せずに出会ったときの衝撃はいまだに忘れることができない。

 

絵は遠くからぼんやりと目の端に入ってきて、その段階でも何か美しいものがあるなと察知できた。
おや、なんだろうと思い、順路を無視して近づいていくと、美しい絵が目前にあった。
その絵には、いままで見たことがない奥深い方法で、リンゴやオレンジが描かれていた。
美しさの密度が濃く、ぎっしりと詰まっており、それらが幾重にも折り重なっていて奥が見透せない。
テーブルに置かれたリンゴの影の部分を見つめているとさまざまな色が現れては消え、点滅しているように見える。
さながら光を受けた宝石が回転しながらキラキラと輝いているようだった。
時間軸はないはずの絵画なのに、タイムラインのようなものを感じるのが不思議で、
まったく初めての体験に、いやはや、すごいものを見てしまったなと驚愕した。
いっぽうでその深遠さはどこから来るのだろうかと、魅力を言語化できないもどかしさがあった。

 

その後、何点か作品を見たが、質量ともに十分でなかったので言い表せずにいたが
現在、上野に来ているコートールド美術館に行き、セザンヌの秘密が少し理解できるような気がした。

 

『鉢植えの花と果物』という静物画を見ていたときだった。
鉢植えなどが乗せられた白い布が青色とも薄茶色ともつかない魅力的な色合いをしていた。
印象派の画家は、色が濁ることを嫌うので青に茶色を混ぜることは少ない。
しかしセザンヌはそのことにあらがうように色を混ぜていた。

 

画家がモチーフと長く向き合う際に、光の具合で、布が青に見える場合もあるし、薄茶色に見える場合もあるだろう。
一般的な印象派の画家はモネしかり、魅力的に見えた瞬間を捉え、例えば青のみで表現する。
しかしセザンヌは瞬間的な表現に飽き足らず、まるで長時間露光のように、
モチーフの魅力を可能な限りキャンバスに定着しようと試みたのではないだろうか。
その結果、青と茶色は混じって表現されたのだと感じた。

 

そう考えるとあいまいな筆致やねじ曲がった空間も納得がいく。
例えば一年という時の流れのなかで見えてくるモチーフの魅力を写し取ろうとすると
ゆらぎも必然的に定着することになるし、ある部分を集中的に描き、空間が歪むこともあると思われる。
たしかにサント・ビクトワール山を描くのだって数年かかるだろう。

 

瞬間を描いた印象派の画家は枚挙にいとまがないが、時の蓄積を描こうとした画家はセザンヌをおいて他に知らない。
なぜなら基本的に具象絵画の目的は、時を止めて瞬間を定着することにあるからだ。
ここら辺はグラフィックデザイナーの職能とも重なるが、
いかに見事に時間と空間を捨象し、平面に定着できるかが画家の才能になるのではないだろうか。

 

しかしセザンヌはその逆で、平面だった絵画にふたたび時間と空間を取り戻そうとしているように見える。

 

通常であれば彫刻や映像で表現するはずのことを、なぜ絵画で表現しようとしたのか?
もしセザンヌが生きていれば、そんな根本的な質問をぜひ尋ねてみたいと展示を見ながら思っていた。

 

コートールド美術館展

魅惑の印象派

2019年9月10日(火)~12月15日(日)

 

あと数日ですがセザンヌはぜひ本物を!

 

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